【書庫】銀×月【Long】

□『人の感情というものは、些細なことで左右される。』
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堕ちて行く。
それは、何処までも深い闇の中に。
彼に裏切られたような気がした。
彼も男というものではあるし、そういう気持ちを持っているのは当たり前だと想う。
だが、受け入れられなかった。
心のどこかで、彼が“行為”をやると思っていなかったから。
けど、わっちに叩き付けられたのは残酷な事実。
事実というものは、決まって心に突き刺さるものだから。

――馬鹿らしい。

そう自分で思い、わっちはこの気持ちを封じ込めた。
そう、パンドラの箱に。

















―四―
『人の感情というものは、簡単なことで左右される。』






「百華頭、月詠でありんす!
春雨の輩がいると聞いて、遮断しに参りました。」

月詠は思い切り隣の部屋の襖を解放させる。
その部屋には、誰もいなかった。

「……頭。」
「……、帰るか。
どうやら、間違いだったらしい。
それとも、逃げられたか……。」
「頭、銀様は?」
「あいつは自らの意思で遊女と杯を交わしておるのだろう?
放置して置いて良い。
あいつも男なのだからな。
そのくらいの欲があっても、当たり前じゃ。」

月詠の声は萎れていると言うわけでもなく、いつもの凛とした声質をしていた。
百華の数名が、月詠の表情を伺う。
百華の中に、月詠が銀時に好意を寄せている事を分かっていた者もいる。
その好意を寄せている人物が、ほかの女と身を重ねていたら、どう思うだろう。
もしそれが自分の立場だったら……。


――胸が苦しい。

そんな不の感情が、心を支配して離れなかった。
何故?
ここは吉原なのじゃ。
女が身体を売り、男と杯を交わす場所。
その吉原の特権を彼は生かしたまで。
遊女に抱かれていた……。

……抱かれていた?

ある不信感が胸の中に芽生えた。
銀時は……自分から行為を行っていなかった?
むしろ、一方的にやられる一方で。
……可笑しい。
彼は筋金入りのSのはずじゃ。
何故、そんな奴が一方的な受身になっている?

……嫌、考えすぎが。
男は、女からやられるのも気持ちいいと聞いたことがあるしな。
何でもかんでも自分の都合のいいように考える自分が馬鹿らしい。

ここで月詠は一旦考えを区切り、宿から離れていく。
だが、この事が後、どれだけ彼女を苦しませることになるか、当時は気づいてもいなかった。




「……っ、っ……!」
「おや、どうしてそこまで逃げたがるのですか?
銀時様。」

逃げろ、逃げろ、動け、動けよ、この身体……!
だが、身体は感覚を失っていて、動きはスローモーションのようにしか動かない。
こんなので、逃げるのは不可能だ。
不可能……?
それを可能にするのが、侍ってもんだ……!

「ねぇ、銀時様。」

うつ伏せだった身体を仰向けに変えられ、女が俺の顔を覗き込んでくる。
枕元にある鉄瓶。
女はその鉄瓶の口を自分の口に持っていった。
そして、顔が近づいてくる。
重なる唇。
抵抗は出来なかった。
口の中に流れ込まれたものを吐き出そうとしても、女が口を塞いで許せない。
俺の口の中に注ぎ込まれた液体は、喉を鳴らし、飲み込まれていった。
女は唇を離すと、これまでに見たことない程の妖艶な笑みを浮かべる。

女は自分の着物の中を探り、あるものを取り出す。
それは、マッチ。
全身が凍りつくのを感じた。
そして、咄嗟に来る眩暈、心臓の動機。
息苦しいのに、呼吸が出来ない。
さっき飲まされた液体は、もしかして……。

「即効性の毒薬でありんす。
わっちがこの部屋に火を放ち、燃え尽きるのが早いか、毒が回るのが早いか……。
見ものでありんすなぁ。」

くすくすと、それでも妖艶な美しさを繕ったまま笑う女。
このとき、俺はこの女が鬼が人の面を被って笑っているのかと言う錯覚を起こした。

「では……おやすみなさいませ。」

瑠璃は、火のついたマッチを畳に放り投げ、襖を静かに閉めて出て行った。



【続く】


 

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