【書庫】銀×月【Long】

□『綺麗な女程、化けの皮は厚い。』
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―参―
『綺麗な女程、化けの皮は厚い。』



「え、何?
本当に無料?
あんな事やこんな事全部しちゃっていいの?」
「えぇ。
私の店で手厚く歓迎させてもらうでありんす。」


そう言って、遊女はにっこりと微笑む。
その発言に、銀時の心は躍った。


「あ、マジでぇ?
じゃあ、案内してもらってもいいかしらーん?」
「えぇ。
こちらでありんす。」


言われるがまま、遊女に着いて行く銀時。
すると、吉原で1番大きいのではないかと思うほどの店が現れた。
銀時の目が点になる。


「……ねぇ。
すっごくでかいんだけど。
無料?
本当に無料?」
「えぇ。」
「………。
あ、やっぱり俺帰るわぁ。
はははは……。」


引き気味に去ろうとする銀時を、遊女は後ろから手を回し、身体を寄せる。
女性のふくよかな部分が銀時の背中に当たった。


「駄目……でありんすか?」
「い、嫌、えっと……。」


遊女の吐息混じりの甘い声に、銀時は躊躇する。


「嫌じゃないんだよ?
けど、こんな豪華な店で無料って言うのが……。」
「銀時様は吉原の救世主でありんす。
信用がないなら、わっちが手厚く歓迎しやす。
……溜まっているのでありんしょう?」


つ、と頬に当てていた手の平が、顎を通り、首を通る。
遊女は銀時の鎖骨を柔らかい手つきで撫でた。


「嫌、本当、間に合ってますからぁ……。」


銀時が遊女を振り解き、前へ歩を進めようとする。
遊女の言葉が、銀時の耳に突き刺さった。


「……春雨の団員が、この中にいるでありんす。」
「ッ!」


銀時は凄まじいスピードに遊女に振り返る。
身体も遊女に向き直った。


「春雨……?」
「はい、私が部屋を通り過ぎる間際、そう聞こえたでありんす。」
「………。
おい、姉ちゃん、部屋案内しろ。」
「気軽に瑠璃と呼んで下さいまし。」


銀時と瑠璃は店の中へ入って行った。





「部屋はここか?」
「はい。」


きらびやかな催しの大きな襖の前に二人はいた。
銀時が襖に耳を当て、中の様子を探る。


「……何も聞こえねぇな。」
「可笑しいですなぁ。
さっきまであんな賑やかに……。」


瑠璃も聞き耳を立てる。
銀時は腰から木刀を抜いた。
腕で瑠璃を下げ、襖に思い切り蹴りを入れ、襖を破った。


「……うっ。」


むせ返るような甘い香りが鼻をついた。
眩暈がし、銀時は柱に手をつく。


「大丈夫でありんすか!
銀時様!」


瑠璃が掛けより、銀時の身体を支える。
目の前が徐々にぼやけて行く。
瑠璃の声だけが、空間に残った。








子守唄が聞こえる。
俺が幼い頃、眠れない時に松陽先生に歌って貰った気がする。
ふわふわした意識の中で、俺は目を覚ました。


「お目覚めでありんすか?
銀時様。」


不意に名前を呼ばれて、俺は目を細める。
甘い香り。
その匂いが、何処か懐かしい感じがした。


「―――」


ふと、自分の腕が視界に入る。
何故か、腕を覆い隠す白い着流しはない。
そこで、意識が覚醒した。


「なっ……!」


気付けば、自分は一切衣服を纏っていなかった。
目の前で寝ている女、瑠璃も一切衣服を纏っていなかった。


「くすくすくす……。
手厚く歓迎させて貰いました。
銀時様。」
「て、てめぇ……!」


この女は危険、と自分の中の五感が必死に信号を出している。
だが、身体が思うように動かない。
身体中の力が抜けて、ふわふわしたような錯覚に襲われていた。


「銀時様、あんなに激しい行為をしたのは初めてでありんす。」


白魚の指が胸と胸の間を滑る。
ぴくりと銀時の身体が軽く跳ねた。


「おや、気持ちいいでありんすか?」


柔らかく結ばれた口元から、朱い舌が姿を現す。
その舌が、胸の突起を軽く押した。
一瞬だけ突いたかと思うと、胸の飾りを舌で転がした。


「ッ……!」


声と言う声は出なかった。
嫌悪と言う嫌悪が深い不快感を呼び、吐き気すら覚える。
この女は嫌だ、と身体の細胞全てが拒絶していた。


「銀時様……。」


とろりとした甘い目付きで、瑠璃の手は下へ向かって行く。
逃げたい激情にかられたが、逃げる力はない。


「んぁ……!」


局部一面を撫でられ、身震う。
それも慣れた手つきで、感じやすいところを攻めて来る。
必死で声を堪えようとするが、固く閉じようとする口は僅かに開いてしまう。


「……銀時様。
春雨が来た事は、百華に知らせたでありんす。」
「ッ!」


瞳孔が一気に開くのを感じた。
怒りが込み上げ、拳が震える。
だが、その怒りを表す事は出来ない。


次第に近付いて来る慌ただしい足音。
聞き覚えのある声。
狙ったかのように、瑠璃は俺の唇を奪った。


「ここに春雨の輩がいると聞い――」


先頭を走っていた月詠の声が途切れる。
驚愕に染まった表情。
奴の視線は真っ直ぐ俺に向けられていた。


「銀……時?」


月詠の声は大きく震えていた。
瞳が大きく揺れる。
女、瑠璃の唇がゆっくりと離れ、銀色の糸が繋がる。
その糸を舌に絡め、口に納めた。


「あら、月詠様。
ごめんなさい、部屋を間違えてしまったようで。」


瑠璃は妖艶な笑みを浮かべる。
月詠の表情は、やがて苦渋に満ちた顔になって行く。
けど、瞳には哀感を潜ませていて。
哀しみと憎しみが混ざり合ったような表情だった。


「………。
主、春雨の輩がいたのは何処の部屋じゃ。」
「隣の部屋でありんす。」
「……分かった。」


仕事と言う言葉を顔に張り付け、月詠は踵を返す。
その背中が小刻みに震えているのが見えた。


「つく――」


俺の小さな声が、空間に落ちた。





【続く】
 

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