オルタナ 1

□第1話
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 カーテンの隙間から漏れた朝陽が、少年の瞼を柔らかく射した。
 今朝は快晴。過ぎるきらいはあるものの、雀のさえずりが清涼感を伴う春の空に文句を付ける者などいないだろう。
 が、少年は目覚めない。アラームがセットされた時間までまだ若干の余裕があるから──という訳でもない。そもそも、この部屋に目覚まし時計という学生の朝の強敵(とも)は存在しないのである。
 ならば、携帯電話のアラーム? それも違う。ご丁寧に、ディスプレイにはマナーモードと表示されている。
 
 現在、時刻は七時を過ぎたところだ。もうすぐそれはやって来る。それこそが、少年のアラーム足る存在なのである。
 
 やがて、きい、と静かにドアが開いた。忍ばせた足音はベッドの傍で完全に止み、代わりにほのかな薔薇の香りが部屋を満たす。
 
「ヒロ、朝だぞ。もう起きないと」
 
「んあぁ……」
 
 少年──浅倉ヒロの一日は、いつもこの耳に透き通る声から始まる。
 声の主は、美しい銀髪のショートカットと燃え盛る赤眼が、見る者に強烈な印象を残す少女。
 その容姿は端麗。しかし裏腹に、どこか研ぎ澄まされた刃の鋭さを孕む。
 
 続いて、半開きのドアから顔だけをひょこりと覗かせる女性が。
 
「ヒロぉ、アンタ早くしないとまた遅刻よぉ。
 じゃあ、母さん仕事行くから。スピカちゃんが朝ごはん作ってるから、ちゃんと食べんのよぉ」
 
 ヒロの母、浅倉ミオである。気怠げに告げた声は、抜けきらない昨晩のアルコールに揺れていた。
 
「んあぁ……」
 
 そして更にやる気を削ぐヒロの生返事。ミオは溜め息をつきながら、じゃあねと踵を返したところで立ち止まり、
 
「ミウ、今日も頼むわね」
 
 ドアに背を向けたまま小さく呟いた。
 
「うむ、心得ている。ママ殿も行ってらっしゃい」
 
 ミウと呼ばれた銀髪の少女も、視線はヒロに注いだままで応えた。
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