短編と設定集

□キリリク短編
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「放してくれ、不愉快だ!」

 声が上ずる。ヒロの吐息が耳に当たる度、心が締め付けられそうだった。

 そう、ユキトは、ずっとヒロを見ていた。

 喜ぶヒロ。
 怒るヒロ。
 哀しみに暮れるヒロ。
 楽しげに笑うヒロ。

 相馬ユキトは、浅倉ヒロを誰よりも見ていた。

「本当に放していいのか? 今俺たちはひとつになってるのに」

「……っ!」

 心が、憎い。
 生まれて初めてユキトはそう思った。ヒロの言葉の一つ一つに、敏感に反応する自分の心が。

「センパイ、正直言うとさ、俺も喉渇いてるんだ。いや……」

 疼いてる。

「あ、浅倉……」

 限界だった。
 背後から首に回されたヒロの両手。それに震えるユキトの手が近付いていく。

「アンタ、俺のモノになれよ」

「そ……そん……なっ」

 糾える縄のように、ふたり絡まっていつまでも永遠に。

 刹那、ユキトを後ろから支えていたものが、ふと失せた。
 それによって、バランスを崩されるユキト。全てをヒロに委ねていたことを思い知らされる。

「あ、あさく――」

「なぁんてな。ほら、もうすぐ昼休み終わりだ。……じゃあな、センパイ」

 そう言ってまた圧し殺した笑い声を残し、足音が遠ざかってゆく。

「もう……なってるよ」

 去りゆくヒロの背に贈った言の葉は彼に届くことなく、昼休みの終わりを告げるチャイムに掻き消された。

 結局ユキトは、一度もヒロの顔を見れなかった。

 冷たくなった汗のせいだろうか、急に寒さを覚えたユキトは木にかけた上着を取る。

「……馬鹿」

 上着に染み付いた日向の匂い。それが、あまりに先ほど抱き締められた時のヒロの匂いに似ていて、ユキトは少し泣いた。
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