短編と設定集
□秘密
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沢渡アカネには、秘密がある。
これは、今より先の話。
「ほら起きなさい、アカネ」
「……う〜ん……」
アカネの1日は、いつも母であるヨシエの柔らかな声から始まる。
カーテンの隙間から漏れる朝陽。小鳥のさえずり。そして、ヨシエの笑顔――そのどれもが皆、アカネを祝福するかのようだ。
「……もう朝?」
だが、ベッドからむくりと半身を起こしたアカネからは、いつもの彼女らしい明るさのかけらも見当たらない。
朝だから、寝起きだから――そう片付けるにしても、あまりに今のアカネは無愛想だと言える。
ヨシエはというと、そんな娘を目の前にしても余裕の笑みを1ミリも崩すことなく、あらあら、と。
「そうよ、もう朝よ。ほら、顔洗ってらっしゃいな」
「……うん」
もそりとベッドから這い出て、足取りも重く部屋を後にするアカネ。
掛け布団と猫の抱き枕を整えながら、その背を見送るヨシエは、朝陽に目を細めてもう一度くすりと笑った。