☆series over小説☆

□二つの想い、動き出す歯車
2ページ/17ページ

その手を差し伸べられた時――。
夢をみているようだった。




『二つの想い、動き出す歯車』




雨の飛沫で白く濁る街の景色。
いつもより低い目線で眼前に広がる風景を眺めながら、まるで人の心のような色をしている、と嘲笑する。
いや、人間の心はこんなにも白くないか、と血液が減って冷静になった頭で即座に訂正した。
ジクジクと痛む腕を、何とか打撲だけで済んだであろうもう一方の手で押さえるが流れる血は止まりそうにない。
体に起こった異常事態に脳の防衛本能のスイッチが押されたのか、痛覚を麻痺させようとアドレナリンが大量に体内に送り込まれているようだ。
そのせいでドクドクと常にない速さで刻まれる心臓の音。
ハッハッと口から短く零れる呼吸の乱れは、どうやら自制できるものではないらしい。
肺が酸素を取り込む度、臓器を支えるあばらが痛んだ。
運のないことに、あばらも何本か持っていかれたようだ。
立ち上がろうにも足にも打撃を喰らったせいか、膝に力を入れようとしただけで激痛が走り、結局雨水が張ったアスファルトに足を投げ出すしかなかった。
なんて無様な姿だ。
キングともあろうこの俺が、愚劣な敗者などにやられ、地に伏すことになるとは。
たかだか数人の輩に囲まれた程度でここまでやられてしまうなど、キングの恥だ。
不意打ちでスタンガンを使われたからとはいえ、油断していた。
SPを連れていれば良かったか、と心の中で毒づく。
あんな下等な奴らでも少しは役に立ったかもしれないなと考えながら、俺は雨を降り注ぐ灰色の空を仰ぎ、目を閉じた。
容赦なく降りつける雨に体温が奪われていく。
ぐっしょりと濡れ体に張り付いている服の感触も、無数に通り過ぎていく人間の不躾な視線も、全てが鬱陶しかった。
もう、目を開けているのも嫌だった。
好奇の視線を送ってくる者、卑しく嘲笑う者、遠巻きに眺めながら見てみぬフリをする者。
濁る視界、汚れ傷付いた無様な自分。
全てを瞳に映すのに、嫌気が差した。
目を閉じているというのにぐらぐらと回り出した頭の芯に、軽く吐き気が込み上げる。
寒さを訴える胴体とは対照的に、手足の先は徐々に感覚を失っていった。

俺は、このまま死ぬんだろうか――。

悲観的な考えが浮かぶ。
らしくない。
キングである孤高の存在の人間が、抱いていい感傷ではない。
体の痛みのせいだろうか。
それとも朦朧とする意識のせいだろうか。
それとも…俺の願望なのだろうか。
こんな世界に未練はなかった。
ただ、キングであり続けることには、執着していた。
それだけは、誰にも譲れない。
だが、それだけだった。
殺伐とした世界、切迫した環境。
嫌いではない。
嫌いではなかった。
自分いるべき頂点。
自分が在るべき場所。
望んでいたモノを手に入れた、そのハズであるのに。
流れていく日々に、拭えない虚無感がまとわり付いていた。
満たされない。満たされなかった。
恐らく、このままキングであり続けようと、頂点に立ち続けていようと、俺の心の奥底が満たされることはないのだろう。
確信めいた、けれどただの勘だった。
だが、確かに、漠然とそう思った。
死期が近付きでもしているのだろうか。
こんな、らしくないことばかり思念してしまうのは。
譲れないものはある。
しかし、未練は、なかった。
ならば、このまま死ぬのもいいかと、半ば自棄気味に思った。
どうせ俺を助けようとする人間など、ここにはいやしない。
キングであるこの俺が、他人に助けを求めるなど惨めな行為をしようとも思わない。
所詮、この程度の世界だったのだ。
所詮、この程度の人生だったのだ。
もう、どうでも―――。

「おい!お前、大丈夫かっ!?」

男にしては高めの、焦ったような声が耳に届いた。
目を開けることも億劫に感じながらも、おもむろに瞼を持ち上げる。
いつの間にか、体を叩きつけていた雨の感触を感じなくなっていた。
ユラユラと焦点の定まらない視界が最初に映したのは鮮やかな赤で、それがそいつの着ているジャケットなのだと理解したのは、その男が俺の顔を覗き込んできた時だった。

「大丈夫かっ?」

だんだんとはっきりしてきた目の焦点で捉えたのは、心配そうに揺らぐ栗色の大きな瞳。
瞳と同じ色の髪は特徴的に跳ねていて、どこか子供っぽい印象を与えた。
降りつけていた雨を感じなくなったのは目の前の男が俺に傘を差し出していたからだと気付く。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ