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□蘇る世界
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せめて。
この命が、この心が、この存在が、なくなってしまう前に。
たった一言だけ、君に伝えたかった。






『蘇る世界』





最後に見たのは強い光。
そして、光の隙間に垣間見えた、悲しげに揺れる彼の瞳だった。

『パラドックス』

鼓膜に残る幼い声に、ふっと意識が浮上した。

「ん…」

小さな呻きが喉から漏れる。
ゆっくりと瞼を開き、ぼやけた視界に最初に映ったモノに、僅かに息を飲む。

「…死ぬ時ぐらいは、分離するものだと思っていたんだがな…」

半身を飲み込んで獣じみた息遣いを響かせる腰元のそれに、嘲笑がこみ上げてくる。
自らの命と引き換えに呼び寄せたモンスターは、皮肉にもまだ自身の体と融合したままだった。
私は人にもモンスターにもなれず、死んだというわけだ。
いっそのこと、大声で自分を笑ってやりたい気分だ。
もう全て終わったのだから、いいではないか。
全て―――…。
そう。全て、終わったのだ。
なにもかも。
もう、私を縛るものは何もない。
だというのに、腰元に巣くうドラゴンに、まだ苦しみを永続させてやると言われんばかりに体を絡め取られている有り様に、私はフッと息を漏らした。

「ただでは死ねない、か…」

それだけのことをやって来たのだから、当たり前なのだろう。
どうやら苦しみは終わらないらしいことを悟り、そこで初めて辺りに視線を走らせた。
真っ暗な闇。
霞すら浮かばない空間は重く、冷たかった。
一面闇に包まれて、一寸先も見えないというのに、自分とドラゴンの姿形だけははっきりと認識できて、思わず口元が歪む。

「惨めな自分の姿を焼き付けろということか…」

呟いた言霊は、何もない黒の空間に溶けて消えていった。
目の前に広がる闇。
何も見えず、音も途絶えた無の空間に取り残された状況に、忌々しい記憶が甦る。
頭に流れ込んでくる光景に、ズンッと心に降ってきた重い感傷。
胸が焼かれそうな痛みに苛まれ、胃がムカつきを訴える。
記憶に苦しみながら死んでいけということか…。
自嘲めいた笑みが浮かんで、私は目を閉じた。
つくづく私は神とやらに嫌われているらしい。
どうせならいっそのこと、あの光と共に消えてしまえたら良かったのだ。
それならどんなに楽だったか。
だが、私のしてきた行いを戒めるように、痛みも苦しみも真綿で首を絞められるかのごとく続いている。
これが、罰なのだろうか。

「まったく…無様だな…私は」
「本当にな」
「……っ!?」

独り言のつもりで呟いた自嘲に返事が返ってきて、思わずバッと顔を上げ、私は目をみはった。

「…君、は…」

驚きのあまり掠れてしまった喉で絞り出した声は、滑稽な程弱々しいものだった。
何もなかったハズの空間に突如現れたのは、全身を黒い衣服に包んだ少年。
凛とした容貌。
刺すような冷たい空気。
見開いた視界に映した少年の目が細められる。
恐ろしいほど冷え込んだ色をした黄金の瞳は、無言で私を静観していた。
私のよく知る少年と同じ顔をしているが、彼のまとう雰囲気とは似ても似つかない空気が目の前の少年から流れ込んでくる。
彼と同じ姿だが、纏うオーラは全く違っていて、私は僅かに戸惑った。
しばらく呆然と少年を見つめていた時、脳に蓄積されたデータが、一つの答えを弾き出す。

「そうか…君が十代の中にいるという、もう一つの人格…覇王か」

導き出した答えを口にするが、少年は冷たい黄金の瞳で私を射ってきただけで、何の返答もしなかった。
否定も肯定もしないということは、間違っているわけではないのだろうと勝手に結論づけて、私は言葉を続けた。

「君が、私の魂を冥界へ連れて行ってくれる死に神か?」

ならば大歓迎だ。
生きている内だというなら真っ平ごめんだが、現世から消滅した今、こんな場所から抜け出せるというなら、鎌で首を切り落とされようと、私は甘んじて受け入れよう。
私が小さく笑って覚悟を決めると、覇王は何を言っていると、不可解そうに眉を顰めた。
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