☆special短編☆

□その手に選ぶもの
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自分があの人をどんな意味で好きかなど、考えたこともなかった。
ただ、彼といるのが楽しかった。
今まで知らなかった世界が、どんどん開いていったから。
彼の側にいるだけでいつも心が落ち着いた。
あの人はいつだって優しく笑んで自分という存在を許容してくれたから。
もちろん、いつも快い感情ばかりではなかった。
あの人と会えない日はどこか気分が落ち込んで、一緒にいるのに仕事に向かってばかりの時は彼に少しだけ不満と寂しさを抱いたこともあった。
あの人が微笑めば心臓がドキドキしたり、優しく触れられれば嬉しいと思う反面、頭の中が真っ白になって、自分が自分じゃなくなる感覚に陥る時もある。
そして、最近覚えたばかりの、初めての感情。
“嫉妬”
それは、オレが抱くにはあまりにも重苦しくて、気持ちのやり場がはっきりとしないもの。
彼と出会ってから次々にオレの中から芽生えては形を成していく感情は、15年というそれなりに短くない人生の中でも知らなかったものばかりで、正直戸惑いの方が大きかった。
他の仲間たちといても感じなかったいろいろな感情が、彼という存在が関わってくるだけで湧き起こる。
だから、尚更分からなかった。
今まで一度も誰かに感じたことのなかった感情が、一体どういうものなのかを。
オレはまだ、彼に向かうこの感情にも、自分の気持ちにも、確かな名前をつけられないでいる。



視界は一寸先も見えない真っ暗闇なハズなのに、意識は白く濁っていた。
ぐるぐりと頭の芯が回る感覚に、気分が悪くなる。
しかし、そんな不快な気分とは裏腹に、体は指先からつま先まで雲にでも乗っているような心地で、ふわふわした浮遊感に包まれていた。
一つの体に同時に起こっている正反対の感覚に、思わず違和感から眉間に力が入る。
気持ち悪い。心地良い。
ここがどこだか分からない。
ずっとこのまま漂っていたい。
……ダメだ。行かなくちゃ。でも――どこに?
スゥッと、黒く塗りつぶされていた視界が白く開けていく。
そこでようやく自分は目を開いたのだと自覚して、広がった景色に視線を巡らせる。
白い。けれど、決して瞭然とした白ではなく、霧がかったように判然としない空間が広がっていた。
脳が伝達する不快感は、まだ頭部を苛んでいる。
どこだ、ここは。分からない。
知らない場所だった。
けれど、ここじゃない。自分のいるべき場所は。
何も分からないのに、漠然と、しかし強くそう思った。
行かなくちゃ――どこに?
帰らなくちゃ――誰の元へ?
その時、目の前に広がる景色のように白く濁ったままだった脳裏に、誰かの影がよぎった。
楽しくて、寂しくて、嬉しくて、苦しくて、優しくて、切なくて――とても、恋しい。
そんな感情が、どうしてだか全身を駆け巡り、何もないハズの白の空間に、無意識に手を伸ばした。
ずっと分からなかった自分の中の何かが、掴めそうな気がしたから。
何も掴めないと分かっていた。
何も、ないハズだった。
なのに、伸ばした指先に何かが触れた。
白く茫洋とした霧の先、優しく確かな温もりが、指を握り返してくれる。

「――――――っ」

思わず呼ぼうとした名は、誰のものだったのか。
それさえ分からず、視界はフェードアウトしていった。



「――――……ッ!」

ハッと、弾かれるように十代は目を覚ました。
一気にクリアになった頭にクラリと目眩が襲ってきて、顔をしかめる。
ギュッと目を閉じグラリと回る視界に耐えた。
程なくして治まったグラつきにそーっと瞳を開くと、真っ先に何かを求めるように天井へと伸ばされた自分の腕が映って、十代はしばし呆然とする。

「……ゆ、め…?」

その呟きに応える者がいないのと同じように、白い空間では温もりを感じた伸ばされた指先を、握り返してくれる者はいなかった。
十代は何もない空間に伸ばした指先でついっと空を切り、その手をグッと握りしめた。

「誰…だったんだろ……」

夢の中、何かを掴もうとした指先に触れてくれたのは。
ボンヤリとした頭で考えながら、どこか霧がかってどこか明瞭としない意識に違和感を抱く。
夢の中で感じていた体の不快感は、意識が覚醒した今でも続いていた。

「頭、イテェ……」

伸ばしていた手で額を押さえ、十代は目を閉じる。
……いや、ちょっと待て。
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