裏★小説

□Nightパニック
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人間誰にだって苦手なものの一つや二つはある。
遊城十代という少年は、机に向かう=勉学以外のことなら、持ち前の楽観的な性格と適応力で何とかしてしまうので、特にこれといって苦手なものはないように見えた。
だが、十代にもしっかりと苦手なものが存在した。
もしかしたら、一番嫌いだと思っている勉強よりも、苦手かもしれないものが。
それが思わぬ形で露見されたのは、夏真っ只中の暑いある日の夜、クロウが意気揚々と持ってきた一枚のDVDが発端であった。







「映画?」

男ばかりのガレージで、三つの声が寸分の狂いもなく重なる。
夕食も終わり、後片付けも済ませて、各々の部屋に戻ろうとしていた遊星達を引き留めたのは、クロウの突拍子もない提案だった。

「そ!映画。せっかく同じ屋根の下に住んでるってのに、俺たちほとんど別行動してるだろ?親睦を深めるって意味で、たまには一緒にDVDでも観ようぜ!せっかく新しい仲間も増えたんだしさ」

そういってレンタルしてきたと思しきDVD片手に、クロウはソファに座ってデッキを調整していた十代にウインクを飛ばす。
いたずらっぽい笑顔と共に向けられた言葉に、十代は嬉しそうな笑みをクロウに向けた。
十代が遊星達の元にやって来て、寝食を共にするようになってから、もう1カ月になる。
世界の崩壊を止めるべくタイムスリップした過去の時代で出逢った十代が、何故この時代に来れたのだと遊星はもちろん、ジャックやクロウ達も驚いていたが、十代が精霊の力を操れる特殊な人間なのだと聞いて、妙に納得してしまった。
遊星だって赤き竜5の力を借りて様々な時代を行き来できたのだし、自分達だってシグナーと呼ばれる特異な能力の持ち主だ。
どうやって未来であるこの時代に来たのかという具体的な説明を十代はしなかったが、デュエルモンスターズに宿る不思議な力が全てを繋ぐ鍵となっているのには間違いない。
十代にも不思議な力がある。自分達にも。
ならば、特別な力を持つ者として、十代とはどこか共通している部分があるのだから、無闇に詮索する必要もないし疑念を持つ必要もない。
何より、遊星と共に世界の崩壊を止めてくれた、強く正しきデュエリストだ。
遊星の話によれば、強大な敵を前に、どんなピンチな状況でもデュエルを楽しむ十代の姿に、挫けそうになった心を救われたのだという。
彼がいなければ、諦めてしまっていたかもしれないと、柔らかな笑みを湛えて語った遊星に、ジャックとクロウは遊城十代という少年に強く興味を持ったのを覚えている。
絶対的な力の差にも怯まず、世界の破滅と自分達の命が懸かった、とてつもないプレッシャーの中でもデュエルを楽しんでしまう、とんでもないデュエリスト。
伝説のデュエルキング武藤遊戯と戦いたいなんて言っていたジャックも、過去から戻ってきた遊星の話を聞いてからは、十代のことばかりを口にしていた。
思いがけない再会はそのすぐ後で、遊城十代はどんな人物なのかというジャックとクロウの疑問は、案外容易く解決されたのだ。
遊星がめったに見せないあんな優しい表情で十代のことを語っていた理由も。
十代は、ひとことで言うと天真爛漫な少年だった。
明るくて楽観的。三度の飯よりデュエル好きなデュエル馬鹿で、何より無邪気な性格。
そんな十代が遊星達の中に溶け込むのに、時間はかからなかった。
元々波長の合うクロウとはすぐに打ち解けたし、警戒心が強いジャックも最初こそ嫌みを言っていたが、十代の純粋無垢さに毒気を抜かれ、今ではすっかり絆されてしまっている。
十代が根無し草であちこち旅して苦労しているのだと聞いた時、思わず一緒に住みませんかと申し出た遊星に、舌の根も乾かぬうちに承諾したのは提案先の十代ではなく、クロウだった。
勢い良く「それいいじゃねぇか!大賛成だぜ!!」と満面の笑顔で言い放ったクロウに続くようにジャックも同意し、十代がキョトンと首を傾げている間に、遊星達の借りているガレージにお世話になることになったのだ。
だが、一緒に住んでいると言っても遊星やクロウは仕事で日中はいないことがあるし、ジャックは部屋に籠もるか一人勝手にDホイールで出掛けてしまうことが多いから、大抵皆行動はバラバラである。
全員が揃うのは朝食の時と夜ぐらいで、それでもやりたいことが違うせいで、結局時間を共にするのは食事時のみなのだ。
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