裏★小説

□違えた道
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何故、と問われても自分でもよく分からなかった。
もしあの時、自分の思いに名前をつけることができていたなら、私と君は何か変わっていたのだろうか。



『違えた道』



普段なら音を響かせる空間が、水を打ったように静まり返っていたのは、その言葉通りに張られた水のせいだろうか。
水、と言っても、体を沈めるにはちょうどいい熱さのお湯である。
ポタリ、と前髪から額を伝ってくる滴を鬱陶しそうに払いながら、パラドックスは腕に抱き込んだ十代を見て、クスリと喉を鳴らした。

「ずいぶん機嫌が悪そうだな?十代…」

パラドックスが頬へとスルリと手を滑らせれば、パシリッと十代の指先に弾かれる。

「触るなっ。この変態…!」

結構な言いようで声を荒げた十代はふいっと顔を逸らして、バスタブの縁に腕をついて、それっきりパラドックスを振り向こうとはしなかった。
ふてくされたような十代の態度に、パラドックスはため息を吐いてやれやれと呆れる。
まったく、どうしたものか。
完全にこちらからそっぽを向いてしまった十代に、パラドックスは思いあぐねた。
この少年を監禁し始めて、すでに一週間は経っている。
その間、尽きることなくこの美しい体を犯して、絶え間ない快楽と屈辱を与え続けてきたというのに。
どれだけ犯し、欲望の色に染め上げようと、十代の強気な態度は変わらなかった。
抱き犯している時の十代はどこまでも性に従順で、パラドックスの支配欲を満たす可愛い子猫であるのに、情事以外の常の彼は、常に強情さという壁を崩さない。
それは十代は精一杯の抵抗であり、最後の悪あがきのようでもあった。
パラドックスは思わず苦笑する。
自分はこんな少年だからこそ、彼を陥落させてやりたいと思ったのだ。
こうでなくては面白くない。
簡単にこちらの手に堕ちるようではつまらない。
十代の抗う態勢に満足すると同時に、フッと心の隅にくすぶる焦燥感。
まだまだ私を楽しませろ。
たが、早くこの手に堕ちてこい。
交錯する矛盾した思い。
何より嫌っていたそれが、心の中でせめぎあっていた。
強い意思。輝きを放つ瞳。
一瞬にして、心を奪われた。
何ものにも屈しない強い意思を秘めた瞳に、自分だけを刻み込んでやりたい。
自分の手中に崩落させたい。
渇きを訴えた喉を潤すため、彼の体を貪った。
穢れを知らない清らかな体を自分の欲望に染めてやれば、その心も手に入ると思った。
それこそが、彼の誤算だったのだ。
パラドックスが考えていたほど、遊城十代という少年は甘くはなかった。
どれだけ犯そうと、どれだけ汚そうと、十代の意思が崩れることはなかった。
十代の強固な精神はパラドックスの嗜虐心を煽るものでしかなかったが、同時に彼の心に焦りを生んでいた。
早く堕ちてこい。早く、この手に。
この少年を抱けば、満たされると思っていた心は更に飢餓感を増していた。
この少年を見たあの時よりも、胸の底は飢えと渇きに侵食されていく。
何故かは、パラドックスにも分からなかった。
ただ、日を追うごと、体を重ねるごとに、喉の渇きは強くなっていく。
霧がかったように見えない胸中の虚無感に意識を沈ませようとしていたパラドックスを呼び戻したのは、十代の小さな声だった。

「あんたは…何でオレにこんなことするんだよ…」

無言の空間にポツリと落とされた十代の声は頼りなく、けれどこの場所だからか、よく反響して空気を震わせる。
きっと言葉の届け先は自分なのだろうが、十代の声は戸惑いに揺れており、パラドックスには行き場のない呟きのように聞こえた。
バスタブの縁についた腕に顎を乗せて、背中を丸めた十代を、パラドックスは無表情に見つめる。
何故、と問われても自分でもよく分からない。
ただ、十代が欲しくて欲しくてたまらなかった。
この感情に名前を付けろと言われても困る。
無性に手に入れたくなった。それだけなのだ。
パラドックスは瞳を閉じた。
瞼の裏を埋め尽くす闇。
一瞬よぎる、あの光景。
もし、この少年を渇望するこの気持ちに理由をつけるとするならば…。

「…私は、希望を手に入れたいのだろうな…」

呟いた声は確かにここで響くのに、途方もないことを口にしたような気がして、パラドックスは舌打ちをしたくなった。
自分が決めたことだ。
戻ることも、ましてや感傷などしてはいけない。

「どういうことだ…?」

予想もしてない返答だったからか、十代が戸惑いながらパラドックスを仰ぎ見る。
パラドックスは何も答えずに振り向いた十代の唇に口付けを落とし、その白い喉に柔らかく噛みついた。

「ん…ッ…ぁ」

十代が漏らす甘い矯声を頭の隅で聞きながら、パラドックスは心を支配する不安を振り払うかのように、夢中で小さな体を貪っていった。
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