◎拍手ログ◎

□そして世界は甦る
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後悔はしていない。
自分たちは世界を、未来を、大切な仲間を守った。
だから、決して悔いてはいない。
ただ、少しだけ、胸が痛むけれど。



『そして世界は甦る』


異国の風は、少し冷たく、乾いていた。
無事パラドックスを倒し、元の時代へ帰ってきた十代は、屋根の上に立ったまま平穏に戻った街を見下ろしていた。
レンガ建築の美しい街並み。
人々はいつも通りの日常を送り、笑っている。
何事もなかったかのように過ぎてゆく時間。
歴史が変わったことで、あの事件も起こっていないことにされていた。
良かった。
そう思って笑みを浮かべるのに、何故心はこんなに晴れないのだろう。
風が吹く。
暖かな夕日に包まれる街は、どこまでも広く美しかった。
守るべきもの。守りたかったもの。
確かに守り、ここに在るのに、胸は苦しかった。

『……あの男のことを考えているのかい?十代』

隣にふっと姿を現したユベルが、前を見据えたまま十代に問い掛ける。
十代が他の人間に気を取られていることが気に入らないのか、ユベルの表情は固いものだった。
十代は肯定はせず、静かに声を落とす。

「オレは、これで良かったと思ってる…オレたちがしたことは、きっと正しかった」

そう、正しかった。
間違ってなんかない。
なのに胸を埋め尽くすのはどうしようもない不条理さと虚しさだ。
十代はギュッと拳を握る。
自分たちは世界を守った。
自分たちの大切なものを守った。
けれどそれは、犠牲を払うものだったのだ。
身勝手な野望のために、世界を犠牲にしようとしたパラドックス。
破滅した未来を変えるため、新しい歴史を作るため、そう正当化して彼がした行為は、十代に取って許せるものではなかった。
今ある大事な命を無視して、未来なんか作れるはずがない。

「遊戯さんも言っていたんだ…誰かの命を踏み台にするなんて、ダメだって」
『…………』
「でもっ…でもさ…」

十代はもう自分の体を支えることが出来なかった。
込み上げてくる感情に堪えきれず、力をなくしたようにその場に座り込んでしまう。
力を入れすぎて白くなってしまった手で、膝を抱える。
吹き抜ける風が、いつもより冷たく感じた気がした。

「オレたちが未来を守りたかったように、アイツも…自分の世界を取り戻したくて必死だったんじゃないかって…っ」

つい張り上げた声は、風に攫われ空を舞った。
野望のために、何かを犠牲していいわけじゃない。
過去を消していいわけじゃない。
だが彼にも大切なものがあった。
守りたいものがあった。
己の命を代償にしてでも、取り戻したい時間が。
犠牲なんて出しちゃいけない。
けれど、何かを失わなければ得られないものがあることも、十代は知っている。

「……アイツは過去を、自分を犠牲にしてでも、守りたいものがあった。昔のオレみたいに」

チクリと痛んだ記憶に、十代は胸に手をやった。
大切なものを失う恐さも、自分を見失ってしまう怖さも、十代の中に刻まれている。

「オレたちは守れたものがあるけど、パラドックスは結局、全てを失った」

彼の世界も、命も、時間も。
犠牲を払わなければ何かを得られない理不尽な世界は、今も回り、呼吸をしている。
命が生まれ、命が消え、笑って、泣いて。
どんなことが起ころうと、世界はただ動いていく。
なら、動くことをやめた彼の世界には、何があったのだろうか。
きっと、何もない。
苦しみも悲しみも、希望も未来も、何もない無だ。
それはどんなに虚しい光景なのだろう。
どれほどの絶望なのだろう。
パラドックスがやったことは決して正しいことではなかった。
間違っていることに気付いても、彼は戻ることが出来なかったのだろう。
だって彼の世界は前を向くことも、後ろを振り返ることも、出来なくなったのだから。

「後悔はしてない…後悔はしてないんだ…」

十代は膝を抱え込んだ腕に、顔を埋めた。
胸を痛めるのは後悔ではなく、悲しみだ。
大切なもののために、間違った道を選んでしまった、彼への悲しみだった。
十代の肩が震える。
静かに十代の言葉を聞いていたユベルは、どうすべきか躊躇った。
十代はいつだって、自分以外の誰かのために涙する。
それをユベルは美しいと眺めながら、快くは思っていなかった。
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