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□引越し新居
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別にそれは見られれば十分じゃないか。
それをわかった上で、ああしろこうしろああだこうだと言われたくなんか無いんだ。

腹ばいになって窓の外を見れば、都会にありがちな青いとは絶対いえない薄水色の空。
雲まで薄くて、あぁ私が生きる世界は天も地も薄っぺらで、色すら失おうとしてしまっているのかなー…と、まるで詩人みたいな比喩表現がぱっと頭に浮かんだ。

「あぁ 気にいらねぇ」

やりたくないことをやるためには、思い身体を引っ張らなければいけないじゃない。
でもこのやわらかいベッドは磁石を思わせるくらい私とひっついていたがるのよ。
あぁそんなにくっつかなくても、私だって貴方のそばにいたいのよ。
でも仕方ないじゃない、仕事があるんだから。
え?君と仕事がどっちが大事かって・・・・・
うーん・・・・
仕事かなぁ。
あ しまった。ごめんごめんウソ冗談だってば。君が一番。本気は君しかいないって。
私が浮気したことなんてあった?
え?おばあちゃん家の布団は不可抗力よ。アナタは連れてけないじゃない。
だって重いし、かさ張るし…
でも寝心地は君が一番だよ。たまに落ちて痛い思いするけどさ。

そうやってベッドと心の中で会話しつつ、頭の中ではベッドの中に、小学生のころ理科の授業のとき砂場で砂鉄を集めたあのUの字型の磁石があって、さしずめ私の腹の中には、砂場の砂鉄やクリップや、今冷蔵庫にくっついている花のマグネットでも入っているのか。と、常人ではおよそバカらしくて考えもしないイメージが舞い降りていた。

想像は楽しい。

自分だけの財産にして、決して人に譲渡しえるものじゃないから。

とかなんとかちょっとかっこよく考えてみたり。

「ごめんよ愛しいベッドさん、私もう行かなくちゃ…」

白いシーツにブチュッとキスを押し付けると、二時間半かかってやっと起きだすことが出来た。
疲れからくる小休止とうって寝転んだのに、どうしたことか、時間が経つのが早いのか、あまりにベッドが魅力的過ぎるだけか。

きっと両方ね。

そう小さくつぶやいて、床に点在する白い段ボール箱のひとつから鍋を取り出す。
引越しセンターもうちょっと考えて選ぶべきだったなぁ…。

安くて選んだ子会社は、荷物を何一つレイアウトしてはくれなかった。
まぁ大型家電は別だが。
でもそのくらいはあたりまえでしょ。


そして私は薄っぺらな世界に放り込まれた哀れな金属。
新居は狭い。
 
明日は会社。

恋人はベッド様々
 

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