小説1

□9月10日
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忘れようとしても毎年9月10日はやって来る。
後ひと月ばかりでその日がまたやってくる事に気付いた乱菊は、人知れず溜息を吐いた。


思い出してしまわなければ良かった。
いっそ思い出せなくなってしまえば、どれだけ楽だろう。
忘れてしまえれば。


馬鹿馬鹿しいと思いながらも、そんな思いは後から後から止めどなく溢れるばかりで居た堪れない。
祝うべき相手も、祝える関係も、既に掌から零れてしまって居ると云うのに。


それでも…、と。
乱菊は蒼く抜ける空を仰いだ。
心の中で何かを祝わずには居られないのだ。
その日から約半月後に起こった出会いも。
去っていく後ろ姿も。
共に過ごした時間も。
決して消えるものではない事を知っているから。


祈るように。
願うように。
今でも。



8月の日射しが熱い。
逃げ水の如き想いの幻影が、うだる熱さの中、今年もまた揺らいだ。






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