小説1

□何でもない日
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「遊馬、草刈りしよう!」


「はぁ!?」






野明の手には既に軍手がはめられ草刈り用の鎌が握られていた。
キャップも被って準備万端である。
イングラムのメンテナンス(正しくはイングラム磨き)をしていた筈の野明はそう言って突然現れた。
机で報告書を書いていた遊馬は、その第一声に椅子から転げ落ちそうになる。


「馬鹿野郎!お前は今俺が報告書書いてんのが見えんのか!」


「いーからいーから」


転げ落ちかけた体勢のまま怒号をを浴びせる遊馬にも野明は動じない。
そのまま腕を掴んで遊馬を机から引き剥がした。



文句を言い続ける遊馬を引き摺るように隊舎裏に連れ出す。
ひろみが大事に育てて居る鶏の小屋の脇を通るとバサバサと飛び上がって遊馬を威嚇した。


「んー、いい天気!」


大きく伸びをして野明は笑う。
東京湾から吹いて来る風が気持ちいい。
空には立体的な雲が幾つも浮かび、太陽の光がそれに強い陰影をつけていた。
確かに野明の言う通り良い天気である。
日差しが暑い。


「…今のところ出動要請もないし、隊長も南雲さんと出張で居ないし……たまには、ま、いっか」


太田が耳にしたら「たるんどる!」と怒鳴りかねない呟きを洩らして遊馬は軍手をはめた。


「頭ばっか使って体動かさないと馬鹿になるんだからねー!」


既に草刈りを開始していた野明が叫ぶ。


「うるさい!俺の専門は頭脳労働だ!」


悪意のない掛け合いが空き地に響く。
下らない会話を投げ合いながら二人は思い思いの場所で草を黙々と刈った。


「おい、今度の休みまた映画でもいくか?」


「おごり!?」


「昼飯ぐらいならな」


「まぁ公務員の給料だもんね、そんなもんか」


「飯、マックな」


「またぁ!?」


刈った草を握り締めて野明が振り替える。


「お互いの給料なんてわかってるだろーが!」


「あーあ、贅沢なデートがしたいよ、あたし」


「…デートか?あれ」


「デートかな、一応」



「…まあな」










「泉さーん!遊馬さーん!お茶、持ってきましたよー」


鶏小屋のわきでひろみが手を振っていた。


「わーい!ひろみちゃんありがとー!」


野明は草を握り締めたまま手を振り返す。





東京湾は波も無く、風は穏やかで日差しが心地よい。
今日も埋め立て地は、とりあえず平和。





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