小説1

□景色は走り去る
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窓の外を勢いよく飛び去って行く景色。
それは新幹線が敷かれなければ一生目にする事もなかっただろう、のどかな田園風景だった。
既に飛び去った煙突の並ぶ工業地帯を抜け、農道を走るトラクターや農家の納屋を横目に列車は走り続ける。

しのぶはその景色を、後藤越しにぼんやりと眺めていた。
待機任務明けにそのまま新幹線に乗り込んだ後藤は、目を瞑ったまま30分は微動だにしない。
後藤が仮眠を取る可能性も含めて窓側の席を譲ったのだが、案外悪くない選択だったとしのぶは思っていた。
決して後藤を凝視していた訳では無いが、それでも、瞼を閉じた後藤をこれだけの時間見たのは初めての事だった。


日帰りとは言え、隊長が二人併せて2課を開けるのは異例な事だった、名目は新型機の工場視察なのだが二人揃って行く必要があるのかは疑問が残る。
工場側の問題と、二人の今後の予定を考えれば妥当な判断ではあるのだが。
榊は遅れて明後日視察に向かうと言う。
直接配備される可能性は薄いが、必要なデータ集め、と そう言う事だろう。



「……しのぶさん、ごめん、俺、ちょっとだけ寝るわ」


と、先刻後藤は珍しく瞼を閉じた。
どんな下らない用事の外出でも、後藤が眠っている姿をしのぶは見た事がない。
不思議な事に、今、初めてしのぶはその事に気付いたのだ。


そして後藤越しに風景を見るのではなく、飛んで行く景色を背景に、しのぶは後藤を見ていた。
新幹線の座席である。距離が近い。
その近い距離で、僅かに上下する後藤の肩口をぼんやりと眺める。
窓からの光が暑い程だった。



「……ねぇ」


眠っていると思っていた後藤が瞼を閉じたまま呟いた。


「……起きてたの?」


「ずっとじゃないよ、いま、さっき」


「…そう」


「だってしのぶさん……見て、なかった?」


何を、とは後藤は言わなかった。
それでも目を開けて見つめて来る後藤から、しのぶは逃げ出したい気持ちになる。


ぼんやりと私は今何を、考えていたんだろう。






「しのぶさん…今度は仕事じゃなくて、したいね、旅行」


後藤はそう言って薄く笑った。




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