小説1

□飲み屋寸景
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「やー、ほんとアンタと居ると楽でいーわ」



転がった徳利の向こうでけたけたと乱菊は笑う。
馴染の店のいつもの奥座敷、一角は乱菊と差し向かいで呑んで居た。
珍しい事ではない、だからといってそうしょっちゅうと云う訳でもない。
修兵が居る時もある、イヅルが居る時もある。
でもそういう場に一角も居る事は少なかった。
乱菊が一角を呑みに誘う時は大概が一角ひとり、今の様に顔を突合わせた状態になる。


「一緒に居て、ここまでカケラもトキメキを感じないのってアンタくらいのもんよね、凄い凄い。」

「莫伽にしてんのかオメェ」

「してないわよぉ」

乱菊は笑う。

「だってさ…」


ずい と身を乗り出して、肘を突いて呑んでいた一角の胸倉をいきなり掴むと触れる程に顔を寄せる。


「こーんな顔近付けてもなーんとも思わないもの」

「それが莫伽にしてるんじゃなくてなんだってんだよ、チチが丸見えだこの莫伽」


近い距離のまま一角は毒づいて乱菊をひっぺがす。


「第一なんだよ、トキメキって。いきなり何の話だ」

「どうしようも無くドキドキして居ても立っても居られなくなる話よ」

「なんだそりゃ」

「アンタにトキメキとか云ってもねー縁ないわよねー、ドキドキとか無いでしょ、唐変木」


猪口に酒を注いで後ろに手を突く。
そのまま乱菊は酒を呷った。


「だからそれが莫伽にしてるんじゃなくて何だってんだよ!あるだろソレぐらい!」

「『更木隊長と一緒に居るとドキドキが止まらない』とか云ったらはっ倒すわよ。」

「悪ぃか!」



「……あほ」



目を細めて言い捨てるとまた酒を注ぐ。


「アンタがそう云う阿呆だから楽なんだけどね。」

「何が云いてぇんだよ」

「トキメクのも苦しいって話よ」


もうここに居ない相手なら尚更、と、呟いて猪口を空ける。


「…知るか」


一角は残りの少なくなった徳利をそのまま呷った。




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