小説1

□拾われた猫は
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電車の窓に落ち始めた小さな雨粒は、駅に着いた時には本降りに変わっていた。
傘を買うか、タクシーを使うか、はたまたこのまま濡れて帰るか…。
バスターミナル前の屋根の下で暫し考えた後、結局久保田はこのまま濡れて帰る事を選んだ。


「…ま、フードもあるし」


誰にというわけでも無く呟いてコートのフードを被る。
そして目線を上げた先、本降りの冷たい雨の中傘もささずに走って来る人影を、交差点の中に見つけた。


「……どしたの時任、傘持って‥ずぶ濡れ?」


真直ぐ自分に向かって走って来た時任は、傘を握り締めたまま膝に手を突き呼吸を整える。


「……っ葛西のおっさんと会うって……出てったから……久保ちゃん、傘、持ってかなかったし、見たら空、今にも降り出しそうだったし」


「でも俺、『何時に帰る』とか言ってなかったっしょ?」


マンションから全力疾走で来たのか時任の呼吸はなかなか整わない。
約束も電話も無しに現れた時任に久保田は正直かなり、驚いていた。


「なんかそろそろ駅に着きそうな気がして、慌てて部屋出たんだけど途中で降り始めちゃって…さすのメンドウでそのまま……あ、ほら、久保ちゃん傘。」


言い終わると、時任は何でも無い事の様に傘を差し出しす。


「なによソレ、野生のカン?…自分がずぶ濡れになっちゃ仕様がないじゃない」


雨粒の落ちる時任の髪をくしゃりと撫ぜて笑う。


「馬鹿だね、ホント」


「…っな!折角持って来てやったのに馬鹿はねぇだろ馬鹿は!」


「……あーもぅ、いいからホラ」


被ったフードはそのままに久保田はコートの前を開ける。時任の肩を掴んで無理矢理コートの中に押し込むと、受け取った傘を広げた。


「風邪引くから大人しくして」


久保田の行動に時任はコートの中で暴れた。


「バカ!これじゃ久保ちゃん濡れちまうだろ!意味ねぇじゃん!」


「いいから。服は帰ってすぐ脱げば平気だし、濡れたままでもこれならちょっとはマシでしょ?」


暴れる時任をコートの中にしまい込んで、久保田は有無を言わさず歩き出した。


「…………バカはどっちだよ」


「いいからいいから。」


2月の雨の中、傘をさして歩く。
久保田は歩きながらぼんやりと猫を拾った日の事を思い出していた。


「拾われた猫は、恩返しに傘を届けに来たのでした」



「……なんか言った?」


「いーえ?」






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