小説1
□その感情の意味を
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「おい、ナメクジ」
ソファーに腰を下ろし、そのまま僅かに傾いてヤコは完全に眠りに落ちていた。
流れた髪が頬にかかっている。
「我が輩は、腹が減ったぞ」
呟きは確かに鼓膜を震わし、届いている筈だった。
不安定な形で落ちたヤコの眠りはそれでも深く、耳をすませば規則正しい寝息まで聴こえる。
「聞いているのかフナムシ、我が輩は、腹が、減ったぞ」
ソファーの前に立ち、ネウロはそれを見下ろして云う。
ぱたり と、膝の上にあった手が滑り落ち、無造作に投げ出された。
僅かな、本当に僅かなその音がひどく大きく頭に韻く。
窓の閉められた室内は風も無く、詰める気も無い筈の呼吸がなぜか苦しい。
穏やかなヤコの寝息が不思議に思える程に。
「………」
息が詰まる。
ネウロは静かに寝息を立てるヤコの流れた髪の先に指を伸ばしその一筋を掬い取った。
──なぜ、貴様はこんな中で眠れるのだ…呼びかけにも応えず。
指先で髪を絡め取ったまま、ネウロは腰を折って俯いて見えないヤコの顔を覗き込む。
風はない、息は相変わらず詰まったままだ。
──不愉快だ。
このままいつも通り頭を鷲掴むか、絡めた髪を引き毟るか…。
「……ん」
一瞬の逡巡の間、ヤコが小さく声を漏らした。
その後驚く程の早さで掴まれた指先。
「……っや、虫?!!」
払いのけるように掴まれた指先に、目を剥く。
目を覚ましたヤコと目が合う。
「────我が輩の指を虫とは……云ってくれるな、この三葉虫め」
絡めた髪先を掴み、ネウロはゆっくりと口角を上げた。
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