小説1
□破線
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物音は無かった。
影が横切った訳でも無い。
只、
好く知る気配と
意識的に消された息遣いを部屋の外に感じて、薄い眠りから醒めた。
「───何しに来た」
枕元に置いた煙草に手を伸ばし火をつける。
その火の明るさに顔を顰めてアスマは煙を吸い込んだ。
「………連れ戻せ無かったよ」
薄い戸を挟んだ向こうで力無く呟く声。
気配が明瞭して、戸にずるずると凭れ掛る音がする。
「──鹿丸の親父から聞いたよ」
ふうと煙を吐き出す音が矢鱈と大きく感じられる。
アスマは昏い部屋中に揺蕩う朧げな煙を眺めながら静かにそう云った。
「───俺さ、やっぱり暗部に居たままの方が良かったよね。
人なんて本当は信用して無い癖に先生やってるの、可笑しいよね?」
その自嘲気味なカカシの声が、酷く神経に障った。
アスマはまだ火をつけて間もない煙草を乱暴に揉み消す。
「………だったら、何で来た?」
苛立ちをそのまま音にして寝台から身を起こす。
その言葉に沈黙したカカシにアスマは尚も続け乍ら戸に近付いた。
「人を信用して無ぇオメェが何で俺ン処に泣き言云いに来るんだって聞いてんだよ!!」
荒げた声にびくり、と身を竦める気配がする。
戸を開けてもカカシは座り込んだまま、顔を上げもしない。
「立て」
腕を掴んで無理矢理立たせると、漸く乾いた目で此方を見上げる。
「オメェはそうやって何時も顔の大半布で覆って、何隠した気になってんだよ。
信じてねぇんじゃ無くて、信じたくて仕様が無いんだろうが。」
口を開かないカカシの額当てを毟り取り、隠された紅い目を晒す。
「───何時まで隠したその目で泣き続ける気だ?」
紅い目から流れる涙。
それを掌で拭う。
「……そう云う、掟だから」
見上げて来るカカシの目に痛みを覚える。
必死に感情を抑えようと戒めの様に口布と額当てでそれを隠して………お前はまた、独りで泣くのか?
「………それでも、感情を捨てては生きれ無ぇよ」
泣けないカカシの右目の代わりに、オビトが泣く。
生きる事に不器用なお前を気にかけているのはあいつだけじゃない。
だから…俺の処に来たんじゃねぇのか?
言葉に乗せられない胸中に、アスマは空いた片方の掌を握り締める。
「泣けよ、今ぐらい…てめぇの目で」
カカシの視線から逃れるように、アスマは呟いた。
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