『その他short』

□File.6
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File6ー黒子テツヤ?ノ話



呆気にとられている部員たちの間をすり抜け、黒子は空いている席に座った。


『みんなで怖い話をしてたんですか?』


黄瀬が血の気の引いた顔で頷く。

それを気にした様子もなく、黒子は顎に手をやって少しの間考えた。


『じゃあ、僕も一つ話します。これは僕が実際に体験した話です』


当然のように話され始めたそれに、赤司は肩をすくめた。

赤司に視線を向けられた緑間も怪訝な顔でそれに応じる。


『僕は、夢をよく見るんです』


静まった部室に黒子の声が響く。

彼は、夢について語りだした。

心理学的に、夢は無意識の表れだと言われている。

そしてその無意識も意識的に加工された無意識なのだと。

つまり夢は自分にとって都合よく改変された無意識であるーーーというのがフロイトの解釈だ。

黒子は映画を見ていた。

部活と自主練の帰り、見たかった映画をひっそりとレイトショーで見ていた。

肌寒い季節だったのでコートを膝にかけていた。

身動ぎをした時に、コートのポケットに入れていた携帯がぽろりと落ちた。

入れ方が浅かったんでしょうか。そう思いながら体を傾けて床に落ちた携帯を拾う。

その瞬間にちかちかと脳内にスパークが閃いた。

スクリーンに映し出される画、音、落ちた携帯をーーー知っている。

強烈な既視感に襲われる。

知っている。

この場面を知っている。

夢で見た。

映画館で落ちた携帯を拾い、この映画のこの場面を眺めている、そういう夢を見た。

見たこと自体忘れていた夢が、現実との行動と重なることで思い出された。

不思議な気持ちだった。

予知夢とでもいうのだろうか。

しかし見た夢は映画のほんの一部だったので、すぐに知らない新鮮な場面へと切り替わった。

黒子は、映画の結末まで予知しなかったことに安堵した。


『みんなも一度くらいはそんな経験ありませんか?夢で見たことある景色とか、会話とかが現実にリンクして既視感を覚えるんです』


その日を境に奇妙な夢を見るようになった。

趣味の読書で得た知識を元にして脳が構築しているのか、内容はまぁよくも尽きないと関心するほど様々だ。

同じ夢を何度も見ることもある、全く同じではなく、ところどころ変わっていたり時系列が変わっていたりもする。

とりわけよく見る夢が、自分自身を眺めている夢だ。

黒子テツヤが日常を送っている様子を、誰かの視点で眺めている夢。

夢の中では必ずしも主人公=自分ではない。

異なる容姿をしていたり性別が違ったり、人間でなく犬や蝶であったりする。

黒子がよく見る夢はまさにそんな夢で、黒子テツヤが生活している様子を、まるで鳥にでもなったかのように少し上から覗いているのである。

ぼんやりと意識だけの存在が黒子テツヤの後ろ斜め上についてまわって観察している。

それはただの意識にすぎずふわふわとした存在だった。

しかしその意識はやがて目を持ち体を持ち手を持った存在になった。

完全に人の形をとり、いつしか夢で黒子テツヤを見ている存在は人間になった。

上から黒子テツヤを眺めていたのに、目線が黒子テツヤと同等の位置まで下がる。

黒子は、誰かの視点で自分を眺めている夢を何度も見た。


『夢の中で僕を見ている存在がだんだん人に近づいていく様子は、まるで進化のようでした』


意識だけを持たされた肉塊から、手が生え足を突き出し目を剥く。

そんな気味の悪い印象だった。

なにか、そこにいてはいけない異形のもの。

黒子はいよいよその夢を見ることが恐ろしくなってきた。

見ている内容が日常のため、起きて生活している時でも夢と同じ行動をしているようで気持ちが悪い。

この場面は夢で見た、この夢は今日の出来事の追体験だ、そんな風に夢と現実とで境が曖昧になる。

だからなのか、友人と話が噛み合わなかった。

話した覚えがない話題を、親しみをこめて振られるのだ。

また強烈な既視感に苛まれる。

学生は毎日同じ教室に通い毎日同じ友人と話して毎日を同じように繰り返す。

そうして過ごすことが夢を通じて暗示をかけられているような錯覚をする。


『しかしある時、僕を眺める夢は見なくなりました』


自分ではない誰かになり、街を歩く夢に変わった。

夢の内容は変わったが、夢でなっている誰かは僕を見ている誰かと同一人物だと感じている。

自分である誰かは、街を歩いている。

最初の夢はそれだけだった。

次の日の夢では街を歩き学校に向かっていた。

三日目の夢では学校を歩いていた。

四日目の夢ではクラスに入った。時刻は夕方だ。

五日目の夢では学校から帰るところだった。何度も通った、学校から家までの帰り道。

六日目の夢では自分の家を眺めていた。夢の中の誰かは、家に黒子テツヤがいることを知っている。

夢の中の誰かは、自分であり自分ではない。

別の誰かの意思を持ちながら黒子テツヤの意識も共有していた。

七日目の夢で、その誰かは家の前まできた。

右手に鋭い刃物を握って家の中に押し入ろうとする。

街をうろつき、学校へ行き、黒子テツヤの足取りを追っていたのは殺すためだ。

怒号とともにドアを何度も叩く、殴りつける。

口汚く罵りながら蹴りつける。

黒子テツヤを殺す。

強い殺意に息が詰まる。

しかし同時に殺されるという恐怖に震え上がった。

共有している黒子テツヤの意識だ。

彼はドアの向こうでドアノブを握りしめ、家に入れまいとしてくる。

しかし誰かは力の限りを込めてドアを開け放った。

視点が切り替わる。

ドアを開けて中に入ってくる誰かの顔を見た瞬間、黒子はあっと思ったが目が覚めた。

夢から覚めてしまった。

誰かの顔を覚えていない。

黒子は浅く速い息を繰り返した。

夢から覚めても、しっかりと感じ取った殺意が嫌な汗をかかせた。

がたん、と急に体が揺れた。

その衝撃に、自分は電車に乗っていたことを思い出す。

ハードな部活に耐えかねてうたた寝をしてしまったらしい。

電車が駅に止まり、ドアが開く。

隅の席のため、すぐ隣で人が降りていき、冷たい空気とともに人が乗り込んでくる。

それが頬を撫でた。

黒子の目の前に誰か立った。

ふと顔をあげると、無表情な顔が見下ろしていた。

僕だ。

自分がそこにいた。

自分と変わらぬ容姿で、背格好で、同じ目をして。

また強い既視感に襲われる。

夢の中、ドアの向こうに立っていたのは自分自身だったことが思い出される。

誰ですか。反射的にそう問うた。

自分と同じ顔をした彼は言った。


『僕は影だ』







END

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