『その他short』
□File.5
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『帝光六物語』
File5ー黄瀬涼太ノ話
『じゃあ次は俺!俺が話すッスよ』
黄瀬が手を挙げ、皆の注目を集める。
今までは笑ったり怖がったり、表情豊かだった彼が神妙な顔をした。
眉根を寄せて手元の携帯を見る。
『これ、けっこう最近の話なんだけど』
そう切り出して、話を始めた。
黄瀬はモデル業をしている。
なし崩しに始めたものだが自己評価では、モデルをしている自分はなかなかいいと思っている。
事務所には何人か歳の近い者もいて、中学生にしては色々なところに知り合いがいる。
そのせいか学生特有の、特にアルバイトも認められていない中学生が感じる学校という狭い箱に押し込められている閉塞感は感じていなかった。
ただ、黄瀬は毎日に言い様のない退屈さを覚えている。
元々バスケットもそれを紛らわせるために始めたものであるし、広い人間関係もその一つだ。
モデルの仕事先で、仲良くなった人がいた。
同い年の男の子で、趣味も合い、事務所は違ったが現場は時々一緒になった。
『とにかくもう、色んなこと話した。学校のこととか、昨日のテレビのこととか…他の学校の人と話すの、楽しくないッスか?』
やりとりは、最近急激に流行りだしたコミュニケーションアプリのLINEを使ってのものがほとんどだった。
学校も違えば事務所も違う、部活に拘束されている時間も長かったので自然と顔を合わせて話すより、LINEを介して話すことが多くなる。
返信と返信の間隔はまちまちだった。
ぽんぽんとテンポ良く進むこともあれば、一日おいて返信がくることもあった。
しかしある時を境に、彼からの返信がとても早くなった。
LINEには相手が自分の送ったメッセージを読んだかどうか分かる既読機能がある。
黄瀬がメッセージを送ると、その直後に既読がつくのである。
最初は、彼の学校がテスト休みにでも入って暇になったのかと思っていた。
帝光はテスト休みではなかったが、二学期制か三学期制の違いだろうと思った。
『でも、いつ送ってもすぐ既読つくし、あまりにそれが長く続くからちょっと不思議に思ったんスよね。なんていうかこう…すぐ既読つくのが当たり前になってて』
話は、黄瀬が止めてしまうことがほとんどだった。
黄瀬がメッセージを送ると瞬時に返信がきて、黄瀬が間をおいて返して…という形のやり取りが続いた。
いくらなんでもおかしいと感じた。
常に携帯を持ち歩くなんて無理だ。
授業もあれば部活もあり、モデルとしてカメラの前に立つこともあるのである。
それは黄瀬だけでなく向こうも同じはずだ。
なのに、向こうの彼だけが常に瞬時に返信してくるなんておかしい。
そういった疑問が膨らんできた頃、彼と仕事先のスタジオが被った。
待ち時間に彼に話しかけてみた。
彼は笑顔で気持ち良く応対してくれたが、話はなかなか噛み合わなかった。
LINEで話したことのある話題が通じないのだ。
俺そんなこと言ったっけ?と困った顔をされてしまったので、勘違いしてたかも、と謝った。
深く問いただすことが悪い気がして、当たり障りのない会話しか出来なかった。
得体の知れない違和感が鎌首をもたげる。
会話をしている時は、やはり趣味嗜好が合って楽しい。
黄瀬は最後に、最近暇なんスか?と聞いてみた。
すると彼は言うのだ。
そんなことはない、相変わらず勉強に部活にモデルにデートで忙しい。
彼女がいるなんて羨ましい、とその場は茶化したが言い様のない気持ち悪さを感じた。
うすら寒いものが背筋を這い上がる。
『で、撮影が終わって帰り道に携帯見るとメッセージが来てて…その彼から』
彼からメッセージが来ていると分かった瞬間、体が冷たくなった。
「さっきは寝ぼけて適当なこと言った、ごめんな」
と、内容はなんてことのないものであったし、話が噛み合わなかった原因を語るものでもあった。
しかし黄瀬が先ほど感じた気味の悪さを拭い取ってくれるものではなかった。
そのメッセージの受信時間が撮影の真っ最中であった。
これはいよいよおかしなことになっている。
一体自分は誰とメッセージを交わしてきたのか。
彼は誰なのか。
交わしたメッセージは残っているし、彼が雑誌の誌面に載っているのも見たことがある。
しかし黄瀬は確かに存在しない彼に触れている。
見えているものにも見えていないものにも、恐怖を感じた。
『ちょっと怖くなって、返信するのが億劫になってった。本人に洗いざらい聞く勇気もなかったッス』
黄瀬の胸中としては、彼にからかわれているだけだと思いたかった。
彼の人柄は気に入っていたし、あの撮影の時話が噛み合わなかったのは本当に寝ぼけていたからかもしれない。
そう片付けたかった。
しかしいくら考えても不自然なことが多くて、何か自分ではどうしようもないことが起きている不安を感じる。
誰かに相談する気はなかった。
というか思い付かなかった。
あとから思えばこの思考回路もおかしかった。
そんなこともあり黄瀬がその彼へ返信することは稀になっていった。
向こうからのメッセージは相変わらず来ていたし、返信も早い。
黄瀬がメッセージを返さなっていくと、彼は一方的な話し口調に変わっていった。
それがまた不安を煽る。
ある時それが限界に達して、彼のアカウントをブロックし彼からのメッセージを受け取れないようにした。
『罪悪感もあったけど、事務所も違うし関係を切ろうと思えばいくらでも出来たんで』
そうして何日か過ぎ、彼に感じていた言い様のない怖さが薄れてきた頃。
このことをクラスメイトの誰かに浅く話したことをきっかけに彼のアカウントのブロックを解除した。
怒っているなら謝るし、からかわれていたのなら笑い話にするつもりだった。
ところが。
ブロックを解除した瞬間彼からのメッセージが雪崩れ込んでくる。
ブロックしていた間の他愛のない日々の報告、問いかけ、それはやがて悪意あるものへ変わり、無視するなという言葉で黄瀬の携帯の画面が埋まった。
新しいメッセージを受信し続けている。
受信を知らせるメロディが止まらない。
ぎゅっと心臓を冷たい手で握られたようだった。
冷や汗が噴き出す。
慌てて覚束ない手つきで彼のアカウントをもう一度ブロックする。
メッセージの受信が止んだ。
どくどくと心臓が脈打っていた。
半ば放心状態で携帯を握りしめていると、手の中のそれが震えた。
メールだ。
メールなんて、LINEは始めてからはあまり使わない。
送り主を見てぎょっとした。
黄瀬涼太、そう表示されている。
自分自身からメールが来た。
送った覚えのないメールが。
おそるおそるそのメールを開くと、無視するな、そう一言書いてあった。
心当たりは彼しかなかった。
黄瀬の話が終わり、部室が静まり返る。
突如ドアが大きな音と共に開かれ、何人かがびくりと体を震わせた。
そこに立っていたのは黒子だった。
『黒子か』
赤司が確認するように言う。
黒子は状況がつかめず、首を傾げた。
『テツ、お前タイミング良すぎねぇか』
青峰がため息混じりに責めた。
先ほどまで神妙な顔をして語っていた黄瀬は一気に表情を輝かせる。
『黒子っち!遅いじゃないッスか!もうみんな話し終わっちゃったのに!』
黒子が部室のドアを閉める。
中に入ってきた彼はもう一度首を傾げた。
『すみません…ちょっと話が分からないんですが。僕は忘れ物を取りに来たんです』
黒子の言葉に緑間と紫原が顔を見合わせる。
黄瀬が黒子に、部室で怪談をしていることを伝えているはずだった。
『あれ、黒子っちに俺LINEしたじゃないッスか。みんなで怪談してるんでーって。既読もついたし、すぐ行くって返信も…』
『すみません。今日は携帯、家に忘れてきたんです。そのメッセージ、見てません』
To Be Continued...