『その他short』

□File.4
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『帝光六物語』

File4ー緑間真太郎ノ話



青峰の話に思いがけず出た緑間は、部員たちから期待のこもった視線を投げかけられてそれを鬱陶しそうに顔の振りで払う。

しかし赤司が、緑間は何かないのか、と問いかける。

そう言われた緑間は居住まいを正した。

自分は何も語らずにこの場をやり過ごそうと思っていたのだが、赤司に促されてしまっては話すしかないのだろうと諦めた。

緑間は深いため息をついた。

今思い出しても忌々しい体験だった。


『あれは、一年の合宿の時のことなのだよ』


その出だしを聞いて、黄瀬が嫌な顔をする。

一年の頃、彼はバスケ部にいない。

合宿所はたいてい同じところを使うので、緑間の怪談を聞いたあと今後その合宿所に行くこともあるだろうことが嫌だ。

彼の胸中に構わず、緑間は話を進めた。

一年の夏、一軍だった彼は先輩たちに混じって大会前の調整合宿に参加していた。

普段の練習も厳しいが、合宿ともなればその厳しさは比べものにならなかった。

体育館内の温度は40℃近くまで上がり、汗が止まらない。

息が乱れ、大きく呼吸しようとするのだが温い空気しか入ってこない。

一年ともなれば先輩たちに雑用も任されるので疲労度は許容量を越えていた。


『とにかく、疲れていたのだよ。俺たち一年は』


黄瀬以外、青峰や紫原が同意を示す。

合宿初日は泥のように眠った。

夕食を済ませて風呂に入って明日の準備をして、緑間のみ眼鏡を決まった手で外し布団の左側から入る、などのルーティンをこなし、寝た。

一年は緑間を含め四人しかいなかったので一つの部屋にあてがわれていた。

疲れていたので定かではないが、緑間は確か部屋の真ん中あたりに寝ていたと記憶している。

布団に横になった瞬間に意識がすっと落ちた。

疲労のせいか体が重く、布団に沈みこんでいくようだった。

意識も、体よりずっと下、枕や床まで落ちていく感覚さえあった。

そして一瞬のうちに朝になった。

寝ている間に時間感覚があるのかは謎だが、とにかく一瞬に感じた。

寝る前と体勢が変わっていないせいもある。

仰向けで、寝ながらに気をつけの体勢をとっている。

目蓋越しに朝日を感じた。

しかし体が動かなかった。

金縛りだった。


『金縛りは、脳だけが覚醒した状態なのだから体の目覚めを待てばいいだけのことだったんだが…それだけじゃなかった 』


何か不気味な気配を感じる。

占いに傾倒しているのでスピリチュアルなものに理解はあるが自分にそれを感覚として捉える第六感があるかといえば答えはノーだ。

それでも自分の枕元に気配を感じ、畳の軋みからその気配が移動しているようなイメージが頭に流れ込んでくる。

目が開かない。

しかしその気配は女だと確信した。

髪が長く、白い布を纏った女。

枕元に立ってこちらの顔を覗き込んでいるイメージが目蓋の裏から離れない。

先ほどまでは目蓋に朝日の明るさを感じていたのに、今はなぜか暗い。

朝日が何かに、遮られているのか。

体が動かない。

いくら力を込めようとしても手は、足は眠ったまま脱力している。

自分の体の中にそうした相反するものがあることがたまらなく気持ち悪かった。

声も出せない。

息をしてるかも分からなかった。

喉と口が厚い何かに塞がれているようだ。

声を出そうとすると喉の中心に圧力がかかった。

声にならない声がそこを裂いて出てくる感覚に襲われる。

女の気配を強く感じる。

顔がすぐ近くにあり、女の髪が頬に触り息遣いまで分かる。

そんなイメージとも触感ともとれないものが体に降りてきた。

緑間の意識はそこでぶつりと途切れた。



開いた口が本能的に酸素を取り込む。

肺が潰れていたかのように息苦しい、緑間は口を大きく開けて酸素を吸った。

数瞬前のことなのにもうどうやって目覚めたか覚えていない。

ルーティンのことも忘れて布団の中で体を反転させる。

乱れた呼吸を整えながら目頭を押さえる。

ふと顔を上げると部屋の入り口にあの女が立っている。

女の口が何事か呟く。

あなたじゃなかった。

瞬きした瞬間には女が消えていた。

この部屋に時間が戻ってきたように、他の一年たちの寝息が聞こえだした。

気味が悪いのは、感じていた女の気配のイメージと実際に見た女の姿が完全に一致していたことだ。

精神レベルで何者かに介入された不快感。

頭の中に入られたという確信。

冷や汗が流れた。


『俺の話に、不自然なところがあるだろう。…俺は女を見た時、眼鏡をかけていないのだよ』


黄瀬たちがはっと息を飲む。

緑間の裸眼の視力は極端に低い。

合宿初日の入浴時だって、それが話題に上がっていた。

なぜ、部屋の真ん中に寝ていた彼が入り口に立つ女の口の動きを読み取れたのか。

人は想像の世界で何かを思い浮かべる時、自分の視力を考慮しない。

このくらいの距離ならはっきり見える、このくらいの距離はぼやける、などいちいち考えない。

頭の中で流れる映像はいつだって明瞭なのだから。

では、なぜあの女がはっきり見えたのか。

それはあの女が、この世の理から外れた存在だからではないだろうか。






To Be Continued...
 

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