『その他short』

□帝光六物語 File.1
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※このシリーズは夢ではありません※




『帝光六物語』

File1-赤司征十郎ノ話



それは、ある夏の日のことだった。

その日は特別湿度が高くて蒸し暑く、いつもより冷房の設定温度を下げていた。

締め切った窓からはくぐもった蝉の声が聞こえてくる。

もう夜なのに、何を勘違いしたのか鳴いている。


『…定番の前置きはこのくらいにしておこうか』


赤司は、まるで退屈な義務を果たすかのように言った。

怪談はこうやって不気味な語り口から始まるものだが、実際に自分がそう切り出してみると白々しいことこのうえなかった。

赤司が自嘲的に笑うので、場の空気が少しだけ緩んだ。

場とは帝光中学校バスケットボール部の部室であり、その場にはキセキの世代が集っている。

怖い話でもしようと言い出した黄瀬、気だるそうな青峰、雰囲気が出ないからとお菓子を取り上げられた紫原、仏頂面な緑間。

そして語り手の赤司。

紫原が赤司に話の続きを促した。


『で、赤ちんが体験した怖いのってどんなのー?』

『ああ。その日の俺は部屋で一人、作業をしていてね。さっきも言ったが蒸し暑い夜だった』


赤司がしていた作業とはバスケ部の練習メニュー作りであり、監督から渡された案を元に赤司が独自に組んだものだ。

明日それを監督に見せるため、赤司はパソコンのワードプログラムを起動して練習メニューを打ち込んでいた。


『パソコンの調子が悪くて、ページが戻ったり進んだりしてしまって…面倒に思ったんだ』


それだけならよかったのだが、文字の変換も上手くいかなかった。

何を打ち込んでもどれだけ長い文章を打ち込んでも「0」に変換されてしまう。


『気味が悪いのもあるが、鬱陶しいという感じだったな』


赤司がそう言うと、緑間がお前らしいのだよ、と返した。

赤司は家の誰かを呼んで、新しいパソコンを持ってこさせようと思った。

それで席を立った時、パソコンのメディアプレイヤーが勝手に起動した。

ファイルを読み込んでいますお待ちくださいファイルを読み込んでいますお待ちくださいファイルを読み込んでいますお待ちください。

何度かそのメッセージが流れたあと、赤司が聞いたことのない音楽が再生され始めた。

いや、話し声がするからラジオかもしれない。

ファイルの途中から再生されたようで、話の脈絡が掴めない。


『インターネットを開いていたのなら、共有サイトをクリックしてしまって音楽ファイルを開いてしまった可能性もあるんだが…その時はワードしか起動していなかった』


とにかく音楽…ラジオを止めようとメディアプレイヤーを終了させようとした。

赤司はプログラムの×にカーソルを合わせる。

クリック。受け付けない。もう一度クリック。受け付けない。

不可抗力でそのまま人の話し声を聞いていると、相変わらず脈絡は掴めなかったが頻繁にある単語が繰り返されていることに気がついた。

「ーーーおいで。ーーーおいで、おいでーーーおいでおいでおいで」

見えざる手に手招きされている想像が掻き立てられる。

仕方なくタスクマネージャーの画面を呼び出してメディアプレイヤーのプログラムを強制終了させた。

パソコンが黙る。

赤司はため息をつくと今度こそ誰かに代わりのパソコンを頼もうとその場から離れる。

ふと部屋のドアを見ると、開いている。

おかしい、いつも締める癖がついているはずなのに。

誰かの顔が覗くかもしれない。

影が横切ったような気さえしてくる。

いや、定番ならドアノブを掴んだ俺の手を掴んでどこかにひきずりこむか。

赤司はそこで一度思考を止めた。

こういうことは、思い込むとその通りになっていくものだ。

不思議なことが起きたら心霊現象だポルターガイストだとテレビや本から刷り込まれているからそう思えてくるだけだ。

赤司は気持ちを整理して、迷わずそのドアを大きく開いて廊下に出た。


『結局何も起こらず、俺は別のパソコンを自室に持ってきてもらい、その日の作業を終えたんだ』


代わりのパソコンは不調になることもなく快調だった。

心霊現象の類は電磁波の乱れが原因という説があることを赤司は思い出した。

もしここで一時期に電磁波の乱れが起きていたなら、パソコンが不調になることもありえる。

赤司の中でそう片付いた。


『これで俺の話は終わりだが、最後に一つ腑に落ちないことがあるんだ。作業も終わり、俺は朝練に備えて眠ろうとベッドに向かった』


赤司はベッドシーツに寄る皺が気になった。

ベッドの縁、一ヶ所だけ重みがかかっていたようにくしゃりと皺になっていた。

まるで誰かが腰かけていたような皺だった。


『もしかしたらその時俺の部屋には誰かいたのかもしれないな』


そして、声が「おいで」と招いていたのはそのベッドだったのだろうか。

その日はさすがに不気味で別の部屋で寝たのだが、そのベッドで寝ていたらどうなっていたのか。

今では想像することしか出来ない。



赤司の怪談が終わった。

優等生らしくまさに怪談、といった語り口であったが、黄瀬には一つ引っかかることがあった。


『あの、一ついいッスか…?ぶっちゃけベッドの皺なんて掛け布団とかで分からないと思うんだけど…』


まさか赤司は最後にベッドから出た時の皺の状態を毎回記憶しているとでもいうのか。

それはそれで怖い話だ、と黄瀬が生唾を飲み込んだ時、赤司がさらりと言い放つ。


『ベッドは、昼に使用人が綺麗にベッドメイキングするから皺がないのは当たり前だろう』


赤司の言葉に、青峰が鼻で笑う。

黄瀬は毒気を抜かれて、そうッスか、と呟いた。








To Be Continued...
 

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