おはなし。短編&シリーズ*
□友達から始めませんか?
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「いらっしゃいませ。」
お気に入りのカフェに通うこと2年。目の前にいる彼の出勤は月、水、金、日。今日は月曜日だ。週の初めにここに来ていつも同じモノを頼む。
「アイスカフェオレ1つお願いします。」
「かしこまりました。」
手際よく会計を済ませ、これまた手際よくアイスカフェオレを差し出される。"ありがとう"といえばニコッと笑ってごゆっくりどうぞ、と返された。そして俺はいつも同じ席に座る。比較的にレジが見える2人席だ。そこでゆっくり彼の作ったアイスカフェオレを嗜み、彼を眺めるのだ。正直変態くさいかもしれないが俺はこれを2年続けている。というのも、元々彼の存在を意識する前からこのカフェにはよく来ていた。煩わしく感じていた彼女とようやく別れることができた後、息抜きにここへ一人で来た時にたまたま接客してくれたのが彼だ。初めてみる顔だ、と思った。黒髪に、丸い二重の瞳、薄い唇に独特な眉毛。素直に綺麗な顔の人だと思った。
「初めてみる店員さんですね。」
「あ、はい…今日から入ったんです。」
その時、つい声をかけてしまった。彼も驚いたのか少しオドオドとしながらも健気に俺の投げかけた会話に返事をしてくれる。少し鼻にかかった低めの声で"ごゆっくりどうぞ"と言われたときにこの声好きだなあなんて1人で思っていた。それから春夏秋冬、ほぼ毎日のように通うようになった。なので彼の出勤の曜日は自動的に把握することになったのだ。
ズズっとアイスカフェオレを飲み干し席をたつ。ゴミをダストボックスへ入れ、店を出ようとした時に後ろから"お疲れ様でした"と聞き慣れた声がした。振り返れば例の彼が今から退勤するようだった。いつもより早いな、なんて。店を出ようとした俺に気づいた彼はあっと声を出す。
「お帰りですか?」
「あ、はい。お兄さんも今から帰るんですか?」
「はい。この前残業したんで早上がりです。」
嬉しそうに話す目の前の彼をみて俺と多分年は変わらないんだろうと思った。とりあえず店から出ようと2人とも扉をくぐった。
「お兄さん、このあと何か予定あるんですか?」
「え?あ、特に何も考えてなかった…」
せっかく早上がりなのに、とボソリと呟く彼を前に"よかったらどこか行きません?"とまるでナンパしてるかのように口から勝手に言葉が出た。
"いいですね"そう笑って返された俺は、誘っておいてなんだかドキドキとしてしまった。これでも俺は人見知りな方だ。そんな自分が、まさか声をかけるなんて。たどり着いたのは小さな喫茶店だった。彼のお気に入りの店らしい。カフェとは違って音楽は静かで、客層も年配の人の方が多い。カウンターの奥にいるマスターの髭も良い渋みを醸し出している。
「何飲みますか?あ、さっきアイスカフェオレ飲んでましたね…」
「え?あ…でも飲めるんで。」
「すみません、カフェから喫茶店て変わり映えのない場所で…」
心底申し訳ない、といった顔で謝られてしまった。誘ったのは俺だしお気に入りの喫茶店があるんですと言った彼に賛同したのも自分だ。
「大丈夫です。どうしようかな。」
「俺はホットレモンティーにします。」
「じゃあ…俺はホットミルクティーにしようかな。」
店員さんに声をかけ注文をすれば5分も経たないうちに目の前に飲み物が置かれる。いい匂いだった。
「いい匂い…アールグレイ?セイロン?」
「アールグレイがミルクティーで、俺のはセイロンですね。」
「そうなんだ。」
そう言葉を交わしながら紅茶に口をつければ茶葉の苦味とまろやかなミルクが混ざってとても美味しかった。
「あ、美味しい。」
「よかった。いつもアイスカフェオレだから、紅茶を飲んでるのが新鮮に感じます。」
「覚えててくれたんですか?」
「はい。俺が接客するかぎりでは暑くても寒くてもアイスカフェオレですよね。」
「ははっ、なんか恥ずかしいですね。」
「あとは、いつも同じ場所に座って…ますかね?」
「正解です。」
「なんなら、初出勤のときに声をかけてもらったことも覚えてます。」
楽しそうに笑う彼をみて、声をかけて正解だったなと思った。彼に出会うまで、俺は毎回違うものを頼んでいた。その日はたまたまアイスカフェオレだったが。今思えば俗にいう一目惚れだったんだろう。その日から毎回彼のいるときはアイスカフェオレを頼み同じ場所に座るようにしたのだ。なぜかって?認識してもらう為だ。同じモノ、同じ場所。自分を認識させる為の行動だった。そしてちょうど今日で2年なのだ。そんな日に早上がりの彼とたまたま一緒になり、こんな風に喫茶店へ来ている。
「今日で2年ですね。」
そう言えばはい、と嬉しそうに笑う。少し照れくさそうに笑う彼を素直に可愛いと思った。
「あなたと初めて会ってから、2年になります。」
「こんな風に一緒に紅茶を飲むとは思ってなかったです。」
「ははっ、俺もです。」
本当にたまたまだった。だがそのたまたまが重なりに重なって今こうして向かい合って紅茶を飲んでいる。俺の努力も無駄じゃなかったわけだ。
「また誘ってもいいですか?」
「もちろんです。あ、名前は…?」
「イ・ドンヒョクです。お兄さんは?」
「イ・マークです。」
イ・マーク。2年目にしてようやく彼の名前を知った。これはとっても大きな進歩だ。
「これで知り合いになったわけですね。」
「はい。でもどうせなら、友達から始めませんか?」
ふわりと笑う彼をみて、俺はやっぱり一目惚れしていたんだなと改めて実感した。お客から、知り合いへ。知り合いから、友達へ。ここまで2年か。まだまだ、先は長いなぁと心の中で呟いた。
そして近いうちに"マクヒョン""ドンヒョガ"そう呼び合う日が来ることを俺はまだ知らない。