短編
□雪中花 ー追想ー
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氷原の地にて、龍の悲しげな慟哭が響き渡る。
もう、その声を聞き届ける事のない、己の主を想って。
『‥主‥』
たとえ、この姿がその目に映らなくても。
たとえ、この声がもう、その耳に届かなくても。
ーー我は、ずっと主の側に居ると。
雪中花 ー追想ー
機械的な電子音と、消毒液の匂い。
四番隊の救護所は、常に他の隊とは違う雰囲気が漂っている。
そんな、白い統一された空間の中を一人歩いていた黒崎一心は、ある部屋の前で足を止めた。
その部屋の壁に付いているネームプレート。そこには、「日番谷冬獅郎」と記入されていた。
一心はその名前を確認すると、両の拳を強く握り締め、瞳を閉じてゆっくりと深呼吸する。
そして一心はゆっくりと顔を上げると、部下が居るであろう、その部屋の中へ足を踏み入れうとして‥やめた。
「‥雛森‥」
部屋の中心に置かれたベット。
その側で、一人、泣いている少女の姿があった。
俯く少女からは涙が零れ落ち、それはベットの上にある、小さな白い手に落ちていく。
その小さな手の持ち主。
それは、少女の目の前のベットに力無く横たわった、一人の小さな子供だった。
子供らしく丸みの帯びた肌には血の気がなく。
その体は、沢山の機械と、そこから伸びた沢山の管に繋がれていた。
「‥シロちゃん‥」
彼女は、未だに意識を取り戻さない子供の手を握り締める。
目の前に立つ一心には、気づかない。
「いつか、こんな日が来るんじゃないかって怖かった。シロちゃんが死神になるって言った時、止めるべきだった」
ー‥あの日。
救援要請を受け、駆けつけたあの日から。
子供はずっと目を覚さない。
あの日から、子供は生と死の間を彷徨っている。
『ー‥命が助かる確率は、限りなく低いです。
最悪の場合も、覚悟しておくべきかと』
彼の治療を担当した卯の花の口から突き付けられた、その言葉。
「お願い、帰ってきて。どうか‥命だけは‥」
ーーどうか、神様。この子を連れて行かないで。この子は、大切な家族なの。
「‥っ‥‥」
一人、大切な家族である、子供の手を握り祈る雛森。
その姿が居た堪れなくて、一心はその部屋に背を向けた。
どうしようもなく、自分に怒りが湧いてくる。
ー‥なんて、自分は無力なんだろうか、と。
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