ワンスモアユーオープン
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「お帰りなさいませ」
「ただいま帰りました」
お手伝いさんはいつも夜になると帰るのに、今日は時間が遅いにもかかわらず、私の帰りを待ってくれていた。
「お夕飯はお召し上がりになりました?」
「いえ」
「すぐご用意致します」
「ありがとうございます。でも今日はもう遅いのでお帰りになって下さい」
私はさっきの余韻が残ったままのボーッと熱くなった変な感覚を悟られたくなくて、ひとりになりたかった。
食事の用意をしてくれたお手伝いさんに帰ってもらって、テーブルについた。
深呼吸をして、お水を飲もうとグラスを持ち上げるとインターホンが鳴った。
""ピーンポーン""
こんな時間に誰だろう。母が帰って来たのかもしれない。私はとりあえずインターホンのカメラを確認すると、あの運転手が立っていた。
「はい」
「鞄、お忘れです!」
運転手はカメラに大きく私の鞄を映した。
「ありがとうございます」
私は玄関のドアを開けて、鞄を受け取った。
「鞄忘れるなんて、サザエさんみたいですね」
「え?」
「あ、サザエさんなんてご存知ありませんか。アニメですよアニメ」
病院に向かう途中は業務以外のことは話さないような態度を取っていたのに、今はまるで幼い頃からの幼なじみかのように柔らかく接してきていた。
「サザエさんくらい知っています。それに、サザエさんが忘れたのはお財布で鞄じゃありません」
「ははは。じゃ。おやすみなさいませ」
運転手はフランクに白い手袋をはめた手を振りながら車に乗り込んで行ってしまった。
彼の事が気になっているのは確かだった。
こんなにも男の人の笑顔が可愛いと思ったことはないのだから。
もう一度テーブルについてから、食事に誘えば良かったと後悔をした。彼も病院の駐車場でずっと待っていたのなら、お腹が空いていたに違いない。
でも、後悔をしたところで、実際に誘えるはずはなかった。
美容院に行くのにも予約の電話は誰かにしてもらっていたし、ましてや男の人を自分から食事に誘うなんて出来るはずがなかった。