ワンスモアユーオープン
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私は親のコネで入社した会社で、退屈な仕事をしていた。
毎日毎日、誰でも出来るようなつまらないことをして、しかもそんな簡単な仕事をミスしても誰に怒られる訳でもなかった。
本日の業務も後5分ほどで終わりかと、机に肘をついて腕時計の秒針を眺めながら心の中でため息をついた。
これがホントに、恐ろしいほど時が進むのが遅くて、いつも永遠の空虚をもて余していた。
もしかしたらスマホの時計の方が早く進んではいないかと、藁にもすがる思いで、スマホを手にとった。
するとその瞬間、ブーブーと振動を感じた。退屈な時間に訪れたイベントが嬉しくて、私は、ウキウキ気分で画面に視線を送った。
母からの電話だった。
「大変よ!お父様が倒れて、救急車で運ばれて……」
「え?」
「ゆいりの会社に車を向かわせたから、あなたもすぐに来て!」
「え?お父様は、ど、」
母からの電話は、向こうの慌ただしい音にさらわれるようにしてあっけなく切れてしまった。
私は既に帰る準備をしていた鞄を掴んで、席を立った。
上司の方に目を向けると、片手を上げて、どうぞ退社して下さいと合図をしていた。
いつも見る光景で、上司は私の緊急事態に気がついていないようだったが、そんな事を説明する暇もなくて、退社時間もすぎていた私は軽く頭を下げその場を後にした。
早足で会社を出ると、ロータリーに見馴れた黒色の大型セダンが停まっていた。私はその車に駆け寄ると、運転席から見たことのない運転手が降りてきた。
「ゆいりお嬢様?でしょうか?」
「はい」
私が返事をすると、その運転手は後部座席のドアに手をかけた。
「どうぞ。皆様お待ちです」
すぐ車に乗り込むと、運転手は両手でドアを静かに閉めた。
父は一体どうして救急車で運ばれたんだろう。大丈夫なのか心配で、最悪の事が頭をよぎる。
嫌な緊張で混乱している私に比べると、運転手は余計に落ち着いて見えた。
白い手袋をした手をハンドルに乗せ振り返り、冷静に私の方を見てシートベルトの確認をすると抑揚のない言葉を出した。
「発車致します」
焦る私の気持ちをよそめに、窓の景色はゆっくりと加速を始めた。