対局中

□移り香
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『塔矢く〜ん!!』


遠くで自分を呼ぶ声が聞こえる


対局が終わり、気怠い気分の中振り返るとさくらが手を振りながら此方へ走ってきた


「こんにちは、さくらさん」

愛想笑いしながら先を急ごうとすると腕をガシッと掴まれる


『塔矢くん!!久しぶりだよね!ねぇ、ヒカル見なかった?』


「進藤?見てないが・・・」

進藤が付き合っている女の子という認識しかない彼女だが、誰にでも人懐っこい

夏の太陽の様に眩しい笑顔を向けられて、そんなに近しい間柄ではないのにと苦笑した


『ヒカルが今日はお昼奢ってくれるって言ってたのに!アイツ、逃げたな!!』

プリプリ怒る彼女が面白くて、思わず目を細める

笑ったり怒ったり、、
百面相のように表情がころころと変わる

そういう所は少し進藤と似ているような気がして、他の女の子より取っ付きやすかった



「休憩室に居ないなら・・・多分、和谷君達と昼食にでも行ってるんじゃないかな」

「え〜!!楽しみにしてたのに!許さない!!もうお腹ぺこぺこなのに!!」




『良かったら、僕がご馳走しようか』

「えっ!ホント?やった〜!!」


思ってもいない言葉が口から漏れて動揺する

今日は母からお弁当を持たされていて、それを休憩室で食べる筈だった

そんな事をぼんやり考えているうちに彼女はお手洗いに行ったらしい

その隙に、鞄に急いでお弁当箱を隠す

良し、、

そう呟いた瞬間、彼女が戻ってきた



ーーーーーー


「らっしゃい!!」


元気な店員の声が聞こえてきた


『豚骨ラーメン二人前!!』

「はいよ!」

席に着く前にさくらがラーメンの注文をした

恰幅のいい男性店員が勢いよく返事をしながら縮れ麺を茹でる

ラーメン屋に来る事なんて初めてで、何もかもが新鮮だった

キムチがお代わり出来る事も知らなかったし、カウンターに座るのも初めてだった


『ここの豚骨ラーメンが前から食べたかったんだ〜!』

そう言って嬉しそうに笑う


『ねぇ!餃子も頼んでいい?』


「・・・ああ、構わないよ」

彼女が勝手に注文したラーメンがもう出来上がったらしく、目の前に置かれた

一口食べると濃厚な背脂が口いっぱい広がる


『う〜ん!最高!!』

彼女は唸りながら、ズルズルとラーメンを啜る

正直な所、僕には日本蕎麦の方が口に合うだろう

でも彼女が美味しそうにラーメンを啜る度に、思わず顔が綻んだ



可愛い、、


声に出さず唇だけがそっと動く


この感情に何と名前を付けたら良いのだろうか

気付かないフリをしてこの複雑な想いに蓋をした



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