Stars Story
□砂糖をかじる
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鮮やかなピンクの花のような少女だと、錯覚したのは今でも鮮明に覚えている。
同時に、ぱっちりと宝石が窪みに嵌められているかのような綺麗な瞳へ吸い込まれる感覚さえも、しっかりと。
一度見たら忘れなさそうな、そんな彼女をようやく認識したのは、FFI日本代表選手発表のときだ。
スタジアムに大きく、俺の次に映し出された彼女の姿とその背景には編集されたプレースタイルの動画。
…その際に表示された名前に、聞き覚えがあったのも当然だった。
────朱月ユナ。
確か、隣のクラスでありながらも時折話題の中心となっていたのだから。
そんな彼女の存在を知ることになったのは、小学校高学年になってから数ヶ月経つか経たないかくらいのときだった。
「なー、坂野上。聞いたか?隣のクラスに転校してきたやつ、サッカーがほかの女子に比べて“まだできる方”のやつがいるんだってよ!」
「“まだできる方”、かぁ。でも、その人やる気ない…よね?」
「さぁどうだろう。でもまぁクラブチームに入ってるって話らしいけどな。」
「ふーん。名前は?」
「えー、なんだっけ。そいつと同じクラスの菜月が言ってたから、直接聞いた方が早いかもな。まだ時間あるし、見に行く?」
「…明弥(はるや)、何言ってんの。次体育だよ?」
「ゲッ、忘れてた!早く着替えて行かねーと。」
その日を境に、クラスメイトの人たちがその少女について語る頻度は高くなった。
なんてことになれば、名前だけでもこれ程かという位耳に入ってくるのだ。
以前はテニスをしていたが、何があってか最近はサッカーに方針を変えたらしいこと。そして、その過去の経験を活かした相手の隙を突くかのようなプレースタイルをする彼女は、遂には所属しているというクラブチームのスタメンに選ばれるほどまでに実力を上げていったことも。
性格云々の話よりも、彼女を取り巻く話は過去にあった話が主に取り上げられていた。
正直言うと、この頃の俺は“彼女にまるっきり興味がなかった”のだ。
そして、サッカーにさえ関心がなかったが故にエンカウントする機会すらなかった。
そしてそのまま、日常の中に彼女の話をする人は徐々に消えてゆき、次第には彼女がいなかった頃のようにみんなの関心は薄れていった。
周りは「綺麗だ」、とか「可愛い」、とか口々に開いてはいたものの。
結局、俺は彼女の容姿すら見ることさえなかった。
しかし、そんな俺が彼女を初めて見たのは些細なことだった。
「これ、君のでしょう?」
あまり人気のない、廊下を歩いている時。
背中越しにかけられた、聞き覚えのない声に足を止め慌ててその場を振り返る。
次の授業が体育だったのだろうか、体操服に身をまとった少しだけ小柄な少女が、肩で息を整えながら何かを差し出しているのが見えた。
「…ごめん、どこで。」
「職員室前。噂でしか聞いた事なかった名前だから、合ってるのかは自信なかったけど。」
少しだけ震えている手で握っていたのは、確かに俺がどこかで落としたと思っていたコバルトブルーが印象的なハンカチだった。
けれども、俺が気になったのは今目の前にいる彼女が誰なのか、ではなく、彼女がこぼした“噂”だった。
「えっと…噂、って。」
「だってあなた、サッカー部がないこの学校で同好会作った人なんでしょ?」
「あー…うん。よく知ってたね。」
「知ってたも何も、この学校じゃ有名だよ。逆に知らない人いないんじゃないかなー。」
そう言い終えた後、目の前の彼女は小さく声をあげる。
何事かと彼女の視線の先を辿ろうとするよりも先に、再び彼女の口が開かれた。
「ごめんなさい、次の授業急がなきゃ。予鈴なっちゃうから、じゃあね!」
パタパタと走り去るその彼女の名前を聞くのは、もう少しあとの話だった。