Stars Story

□もうひとつの物語
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昔から、とある男女1組に言い聞かされたことがあった。

自分を守るために全てを偽るように。


喜びを魅せ
怒りを示し
悲しみを梳かし
楽しみを刷り込ませる

たとえそれが偽物だとしても。


…それは自らが生き残るために必要なことなのだから、と。


先程言った通り、それを語ったのは“とある男女1組”である。

これを聞いた時、耳を澄ましたものはきっと「それは君の両親だ」、と確信つけたように私を指さしながらそう言葉を告げるだろう。

しかし私は先程言った通り、明確なものとしてことを取り上げるようには言っていない。


───つまり、“彼ら”について全く知りもしない状況なのである。

記憶が欠落したかもしれない。
そもそも私は興味を示すことなく彼らと関わっていたのかもしれない。

何かしら関係はあっただろう人物に対して酷なのではないか。否、そんなことは無い。
英語で言う拒否だ。否定だ。“But”なのだ。



だから私は時折自らを否定し続けた。
そんな人物との関わりを持った可能性のある自身を。

その結果、それそのものを切り捨てた私が、醜くて黒赤い血溜まりへと変わってゆく。
一刻と、徐々に私を覆うように量は増えていった。

それでも、心の痛みは感じなかった。

この私に、そんな感情は何一つなかったから。
感情を示すはずの機関が、消え去ってしまったから。


だからこそ、どこか深い眠りから覚ましたその瞬間、もはや自分の中には朧気しかなかった。
考えることをせず、使い物になるのかすらも分からない両腕になんとか力を入れながら体を起こし、ただ辺りを見渡して。

口についている謎の透明なケースを鬱陶しさから無理やり取り外す。
その結果、少しだけ息苦しく唾を垂らしながら小さく咳き込んでしまった。

そんな私の背中を、なにかがそっと撫で。
未だまだ霞んで見える視界の中で頭を左の方へと動かすと、赤い髪をもつ人が見えた。
スーツ姿のその女性は、ただただ私に綻んでみせる。



「ユナちゃん、気分はどうかしら」
「...う、ぁ?」
「……あら、声が」



声は響かなかった。
その代わりに、目の前の女性は朗らかにこちらへ口元を上げてみせる。

私には警戒心がないのにも関わらず、女性はただ優しく、目線を合わせるように膝を曲げて笑いかけたのだった。



「ぅ………ぁ?」
「長い間眠っていたものね……でも大丈夫。リハビリすれば普通の暮らしができるから」
「ぁ……わ、た……へ」




必死では無いけれど、どうにかして口を紡ぐのに声はしっかりとはしない。

女性は未だ表情を変えることせずにカバンから黒い棒と白い紙を取り出してこちらへと差し出す。


「“私は誰ですか?”」
「…あなたは朱月ユナ。
それから私は朱月美彩(ミサ)、あなたのお母さんよ。家族なんだからかしこまらないでちょうだい」



お母さん、そう言われて私は小さく首を傾げる。
納得することが出来なかったのもあるのだが、同時にお母さんとはこんな人だったのかと疑問を感じたからだ。

目の前にいる、私の母と名乗る女性は瞳が黄色に光る。
私の感じていた母は、瞳の色は───

………おかしいな。彼女の色は、なに色だったっけ。



「“私はどのくらいねていたの”」
「そうね……2年くらいかしら」

「“私のたん生日はいつなの”」
「___ふふっ、実は今日なのよ。9/23、これがあなたの誕生日。
そうだ、お医者さま呼ばないと。ナースコールを完璧に忘れていたわ」



母と名乗る女性とのこの話に対して、約1週間ほどの疑問に感じる感覚が癒えることは無く。

そして、この日から本当の私を探すための歯車は回り始めてしまっていたのだった──────。
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