short story

□マイペース
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「あ、あの、大石くん。......好きです」
「え......」
「わ、私と......付き合ってください」
「あ、えと。その......俺も坂本さんのことが、前から好きだったんだ。だから、あの......喜んで」


《マイペース》


みゆきと大石が付き合いだしたのは、もうずっとずっとずっと前。
あの日、恋人同士となった二人だが、恋人らしいことは何一つしないまま、今日までを過ごしてきた。
理由は簡単。
不器用なのである、二人とも。


「(よし、今日こそ坂本さんと手を繋いで登校するぞ)」

(今日こそ、大石くんと手繋げたら良いな......)


「お、おはよう坂本さん」
「お、おはよう大石くん」
「「ぐ、偶然だね」」


あたかも偶然を装い、通学路でばったり出会い登校する二人。


「あ、あの......大石くん」
「え?」
「あ、あのね......」
「う、うん」
「えと......あ、いや、やっぱ何でもない」
「そ、そう」
「うん」
「......」
「......」
「あ、あのさ、坂本さん」
「な、何?」
「て.....」
「て......?」
「手......」
「手......」
「手塚がさー」
「あ、ああ、手塚君が」


そしてご覧の通りである。
あと一歩が切り出せない。踏み込めない。

そんな二人をたまたま見ていた男がいた。
大石のダブルスパートナー、菊丸である。


「(こんな感じのやりとり、前にも見たことある気がするにゃ。手繋ぎたいなら、そう言えば良いのに。大石も坂本さんも奥手だなー。なーんか、見てるこっちがもどかしいんだよな。......あ!)」


菊丸は二人のために一肌脱ごうと考え、ある一つの口実を思い付く。


「(へっへーん。これなら)」


そして、すぐさま行動に出た。


「大石ー!おっはよー」
「あ、英二。おはよう」
「坂本さんも、おはよ」
「おはよう」
「なんかさー、最近この辺、痴漢が出るらしいから、気をつけた方が良いって母ちゃんが言ってたぞ。
大石も坂本さんのこと、ちゃーんと守ってあげないと、例えば手を繋いで歩いたりとかしてさー。ね? じゃあ、おっ先ー!」


菊丸は大石に向けて1つウインクを残し去って行った。

「(英二のやつ......)」


「......」
「......」
「......」
「......」
「あ、あのさ、坂本さん」
「え?」
「手......」
「て......」
「手、繋いで、歩こう」
「あ......」
「危ないから」
「......うん」


駆けて行った先から、手を繋いで歩く二人の姿を見て、菊丸は満遍の笑みを浮かべると、学校までの道のりを走った。

それから毎日、危ないからという口実で、二人は手を繋いで登校するようになったという。

こんなことを繰り返し繰り返し。
少しずつ、二人のペースで進んで行こう。


「(今日こそはみゆきって呼ぶぞ。いや、いきなり女性を呼び捨ては失礼か......ならまずはみゆきちゃん。よし)」

(今日こそ大石くんのこと下の名前で呼びたい)


「「お、おはよう!ぐ、偶然だねー」」


end
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