短編

□DOLLS
1ページ/1ページ











スーッと息を吸えば、潮風が鼻の奥にツーンと通っていく





あの日と同じ浜辺

あの日と同じ匂いに、

あの日と同じ夕暮れ




あの日の記憶が鮮明に蘇る








敦子を連れてここに来たのは、
別れを切り出すためだった






「懐かしいね..ここ」








「昔と全然変わらないな」








あたしの少し後ろを歩く敦子はきっと付き合い始めた頃を思い出している








2人で最初に来た海もここだったから。









砂に足を取られて歩きにくい






まるで今の自分の気持ちを表してるみたいで。






夏の終わり、人がいない浜辺で
夕陽が沈んでいく






シンとした空気の中で波の音さえも遠くなった気がした





「敦子」





振り返って足を止めれば、
敦子も同じように足を止めた





「・・・」





少し俯いたのは、あたしがこれからなにを言おうとしてるか分かっていたからだろうか







「別れよう」




「・・・」




「もう..終わりにしよう」






顔を上げた敦子の目には涙が溜まっていて






「私じゃダメなの..?
もう...好きじゃないの?」









あたしに問いかける声は微かに震えていた









「・・ごめん」








「..もう、二度と会えないの?」







「・・・」





口を開くことのできないあたし







表情が崩れていく敦子の頬に涙が伝う









「なんか、言ってよ...」









駆け寄ってきた敦子はあたしにしがみついて








「嫌だ..たかみな..!
どこにも行かないでッ..ひとりにしないで!」







お願いだから、離れていかないでと呟きながら








溢れた涙が
ポタポタと砂浜に跡をつけていく







そんな敦子を見れなかった




胸が痛すぎて、
息もできなくなりそうで。






「・・敦子」








静かに名前を呼べば





ぐちゃぐちゃの顔の敦子が顔を上げたから、

触れるだけのキスをした






ごめんね、とさよならの意味を込めた最初で最後の悲しいキスは仄かにしょっぱくて、胸が苦しくなる








また俯いてしまった敦子









あたしはそのまま歩き出した









大好きだったよ。




心から。





抱きしめた時の温もりも、
キスをした後照れて笑う顔も。


















敦子との思い出は多すぎて、
一歩一歩歩くたびに溢れてしまいそうで、




少し進んで、足が止まる










本当にこれでよかったんだろうか







振り返ろうとすれば







「立ち止まらないで...」








後ろの方から敦子の声がした






「振り返らないで...!」







泣いているくせに無理して出した明るい声は震えていた。







見ていないのに、その表情まで分かってしまう







辛いはずなのに、
あたしの迷いを察して背中を押してくれている










今までありがとう、心の中で呟いて
また歩き出したあの日

















あれから一年が経ったのに、
こうしてここへ1人で来てしまうのは
きっとまだ忘れることができていない証拠で






「今さら、なに後悔してんだよ..」







頬を伝う生暖かいものが
砂浜にポタッとおちた









あの頃のあたしは何が一番大切なのかも気付いていなかった










君にもう一度会いにいくことはきっと許されないから、これからもたまにここに来ることだけは許してください。
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ