短編

□「恋人失格」
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「これで終わりなの..?」









「・・・」








泣きそうな顔で見つめてくる敦子に
何も言えなかった








いたたまれなくなって、まとめた荷物を持ち玄関へ向かった







「...私はまだ好きだよ..?」







後ろから聞こえた声に








「...ごめん」





とだけ呟いて部屋を出た









ああ、







いつからだろう






敦子の《大好き》に笑顔で返せなくなったのは。






思い出そうとしてもできなくて。








2年間一緒に過ごしたこの部屋に戻ってくることは二度とない。









力なくとぼとぼ歩く自分を、周りの人が追い越して行く









他人から見たらおかしな人間に見えるだろう





涙をこぼしながら歩いてるんだから。








出て行くあたしが泣いてるなんて、お門違いかもしれない








最後まで、敦子は泣かなかった。


















確かにあたし達は恋人だった






気持ちを伝えた時は
「遅いよばーか」と不機嫌そうに、
でも顔を赤らめて頷いてくれた








照れ隠しのパンチは全然痛くなかった










2人で色んな所に行って、
沢山美味しいものを食べた








『最近太ってきた気がする』






『確かに』






『否定しろばーか』







『あはは、冗談冗談。全然分かんないよ』







『決めた。痩せる』








そう言いながら
次の日にはお菓子を食べて笑ってた敦子







そういう所がたまらなく好きだった。







あたしが他の人と親しげに話してると不機嫌になってすぐに拗ねる敦子。





だけどすぐに甘えてきて。








無邪気なところも好きだった。







些細なヤキモチも可愛くて、わざと妬かせたりした時もあった











『ねえここ行きたい行きたい行きたいー』






『でもさすがに週末は混んでるんやない..?
人混みでファンの人に気付かれたらやばいやろ...』







『大丈夫だよ変装すれば!ねえ!行こ?行こうよ〜』








『はぁ..わーかった!絶対帽子とマスク付けないとダメだからなー!』








『やったー!たかみな大好き!』










子供みたいなワガママも、信頼されてる証だと思ったし、甘えてくれることが嬉しかった。







あの頃のあたしは
絶対この人を幸せにできるって思い込んでたんだ
なんの根拠もないのに。








だけど、
忙しくなるにつれて余裕がなくなって
敦子と過ごす時間が減った











精神的にも体力的にも余裕がないときでも変わらなくぶつけられる敦子の一方通行のヤキモチやワガママを笑顔で聞くことができなくなった。










敦子と接するだけの気力もなくなっていった。











『たかみなにとっての私ってなに..?
仕事の方が大事なの...?』







いつの日か問いかけられた言葉









あの時も、敦子は泣きそうな顔をしてた














余裕がなくなって自信もなくなって好きな人ともまともに向き合えなくなる弱い自分に嫌気がさした








こんなの、
恋人失格じゃないか。










あたしなんかよりきっと
敦子を幸せにしてくれる素敵な人がいる







忙しくたって、疲れていたって
敦子のわがままを聞いて笑顔で仕方ないなって
全部を包み込んであげられる人がきっといる









あたしにはその役目が務まらなかっただけのことだ








嫌いになったわけじゃない。










ただ、側にいると自分が情けなく思えて苦しくて。










もっと余裕を持てていたら、








もっと敦子のことを考えてあげられていたら









あたしに、涙を見せてくれただろうか。











今のあたしにできることは、敦子のそばを離れることだけだった。











あたし以外の誰かと、幸せになって。













でも、ひとつだけ伝えたかったのは












あの頃のあたしはちゃんと敦子が一番大切で大好きで、ずっと一緒にいたいと思ってたよ











きっと、信じてくれないよね。













寒空の下で吐いたため息は
地面に落ちた雫と共に消えていった。
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