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□ナイチンゲールの自傷
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職業柄、痛々しい怪我を見るのには慣れている。
だけど──
「──っ……ジークさん!?」
戦線から戻ってきた彼は右肩から先にあるはずの腕がなく、脇腹を中心に広範囲の皮膚が爆ぜていた。
剥き出しになった生々しい桃色の筋繊維。
そこに埋まって見える小さな白い突起は肋骨だろうか。
患部からのぼり立つ蒸気に、野営病院の一室は一気に煙った。
「何を突っ立っている。いい機会だ、再生時のデータを取れ」
「なっ──……ま、まず処置をすべきです!」
瀕死の患者を目の前にしながら平然と研究を優先しようとする軍医に、思わず声を荒げた。
顔を歪め、苦しそうに呻き声を漏らすジークさん。
そこにいつもの余裕は微塵もない。
「おいおい、こいつは獣の継承者なんだぞ?この程度の怪我で死ぬワケがないだろ」
「──っ……!」
確かに、巨人の力を継承した者は『並外れた再生能力を有する』と教わった。
彼らは四肢欠損や内臓損傷など、常人であれば致命傷となる深手を負っても簡単には死なないのだと。
しかし、だからと言って、もがき苦しむジークさんを無視して何の処置も施さぬままデータを取るなど、そんな非情なまね──
「何だその目は。さっさとやれ」
語尾に苛立ちを含ませ、軍医は私を睨んだ。
一瞬怯んでしまったが、やはり従うことなどできない。
「おっ……お言葉ですが先生──
「黙れ。リベラル気取りの人権派のせいでエルディア人に対する非人道的な研究は禁止されてしまったんだ。
こんな風に瀕死状態から再生してゆく様を観察できる機会は滅多にない。このチャンスを無駄にするな」
捲し立てるように言い切ると、軍医はわずかに唇の端を上げた。
マーレ陸軍衛生部一等軍医正の彼は、巨人学所属の研究員でもある。
これまで巨人の生体について数多くの論文を発表し、博士号も取得した優秀な医学者だが、その実態は差別的で苛虐性の強いマッドサイエンティスト。
現に今だってジークさんが呻くのを止めて白目をむいたとゆうのに、その悲惨な容態を興味深げに記録している。
「先生!明らかに再生が追い付いていません!!直ちに処置を──
いてもたってもいられず白衣の袖を掴んで懇願した。
軍医の眉間に深く皺が寄る。
「立場をわきまえろ、エルディア人。黙って指示に従え」
そう言い放つと、軍医は私の手を邪険に振り払い、計測機器が並ぶ台を指差した。
「まずは血圧と脈拍、それから損傷部分の観察だ。蒸気の発生時間と臭気のチェックも忘れるな」
「──っ……」
「早くしろ。出来ないなら白衣を着る必要のない仕事をしてもらうぞ」
思わず肩をビクつかせ閉口した。
『白衣を着る必要のない』とゆう言葉が戦場で何を意味しているか、察した途端に呼吸が浅くなる。
「どうした。出来ない、か?」
冷淡な声で問われた私は、即座に計器へと手を伸ばした。
まるでそれが合図だったかの様に、体が動いてしまったのだ。
心では拒んでいるはずなのに、自分の行動がままならない。
目の奥がジンと熱くなる。
気絶したジークさんの口から、ダラリと舌がはみ出した。
唇の端に溜まっていた細かな血泡が溢れ、プチプチと弾けてゆく。
(ダメ……お願い、生きてっ……!)
彼から発せられる蒸気にむせながら、私は零れそうになる涙を必死に堪えた。
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