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□"友達"
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リオルとの関係が大きく変わったあの日のことを、ユリは今でも鮮明に思い出せる。
イッシュ地方に来てからしばらく経った頃、まだ友達のいないユリは、大人たちと触れ合う機会が多かった。小さな子供は大人の姿を真似て育つ。そしてそれは幼いユリも同じだった。
「もう、リオル。どうしてモンスターボールに入ってくれないの?」
「ガルル!」
リオルを戻そうとボールを向けるが、器用に身をひるがえしてかわしていく。何度も繰り返すうちに疲れてしまったユリはボールを放ると地面に座り込んだ。
「大人たちのポケモンはみんな大人しくボールに入るのに!」
「ガル!」
ボールがころころと転がり、リオルの足元にぶつかる。リオルがボールを蹴り上げると、ユリの額に見事に当たった。
「いたいっ!」
「もう、リオルなんて知らない!」
腕を組んでぷいっとそっぽを向く。
すると、リオルは町の外へと走って行ってしまった。
「リオル、どこ行くの! 待ってよ!」
リオルが向かった先には森がある。あそこは、危険だから一人で入ってはいけないと大人たちにきつく言われている場所だ。
辺りに大人たちの姿はない。しかし、助けを呼びに行っている間にリオルに何かあっても大変だ。幼いながらにそう考えたユリは、自分一人で追いかけることにした。
「リオル、どこにいるの?」
生い茂る草木をかき分けながら進む。
少し開けた場所に、怪しい男と一緒にいるリオルの姿を見つけた。
「あなたはだれ?」
「こいつのトレーナーか。モンスターボールを寄こしなさい、私が解放してやろう」
男はそう言うと、リオルの首根っこを掴み上げる。
「いやよ! リオルは私のポケモンよ!」
「君のことを嫌がっているようにも見えるがね」
「リオル、そうなの……?」
もう知らない、なんて酷いことを言ってしまった。モンスターボールに入ろうとしないのも、もしかしたら私のことが嫌いで……。
ユリの脳裏に最悪の考えがよぎる。
「それでもリオルは私の大事な友達なの! 返して!」
ユリはそんな考えを振り払うように頭を揺すると、思い切り走りこんで体ごと男に突っ込んだ。
小さなユリの体では大したダメージにはならなかったが、それでもリオルを手放すくらいには相手も驚いたようだった。
放り投げられたリオルをスライディングして受け止める。
「リオル、無事? 痛いところはない?」
腕の中のリオルの無事を確かめる。幸いにもリオルはどこも怪我をしていないようだった。安心して一息つくユリの背後に、男が近づく。
「このクソガキめ!」
「きゃっ!」
男は汚い言葉を浴びせると、座り込んでいたユリの背中を容赦なく蹴り上げた。思わず倒れこんでしまい、握っていたモンスターボールが手から転がり落ちる。今まで感じたことないほど強い痛みに涙が溢れそうだった。でもここで負けてしまったらリオルを守れない。例え嫌われていても、リオルは大事な友達なんだ。
ユリは涙を拭うと、痛みをぐっとこらえ立ち上がる。男をキッと睨みつけると、男は拳を振り上げた。再び襲い来るであろう痛みに備えて目をつむる。しかし、聞こえてきたのは男の情けない悲鳴だった。
「リオル!」
リオルは右手を鉛色に光らせ、男の拳にぶつけた。ユリが初めて見たリオルの技だった。
「この野郎、やるつもりか!」
男はそう言うとボールを宙に放つ。光と共に現れたのは、水色の体に黒い羽根を持った小さなポケモンだ。
リオルが立ちふさがるが、ユリはそもそもポケモンバトルをしたことがない。リオルがどんな技を使えるかもわからないユリには見ていることしかできなかった。
「コロモリ、エアスラッシュだ!」
コロモリと呼ばれたポケモンは、風の刃を作り出すとリオル目がけて放ってきた。リオルは軽々とかわすと、コロモリに素早い動きで突っ込んでいく。
「かぜおこし!」
しかし、コロモリまであともう少しのところで、コロモリが黒い羽根で生み出した風で吹き飛ばされた。勢いを失ったリオルはそのまま地面にたたき落されてしまう。
「もう一度エアスラッシュでとどめだ!」
このままではリオルがやられてしまう。なんとかしようにも技名も戦い方もわからない、しかしユリは居ても立っても居られなかった。
ユリは2匹の間に飛び込むと、倒れこむリオルをかばうように両手を広げた。
「リオル、お願い! 立って!」
その瞬間だった。
(バレットパンチだ)
頭の中で小さな男の子のような声が響いた。
振り返ると、リオルの拳が再び鉛色に輝くのが見える。誰の声かとか、それが技の名前なのかとかなんて考えている余裕はなかった。
「リオル、バレットパンチ!」
ユリの肩を台に、リオルが飛び上がる。そして鈍い鉛色に輝く右手を振り絞ると、放つ寸前だったエアスラッシュごとコロモリを吹き飛ばしてしまった。
空の彼方へと飛んで行ってしまったコロモリ。なすすべのなくなった男は「覚えてろよ!」なんて悪役お決まりの捨て台詞を吐いて走り去っていった。
「やったわ! リオル!」
しばらくリオルは小さくなっていく男の背中を睨みつけていたが、その姿が完全に見えなくなると、気が抜けたのか地面に崩れ落ちてしまった。
「リオル!」
急いでリオルの元へ駆け寄る。その小さな体はボロボロに傷ついていた。
「私を守ってくれてありがとう」
なるべく優しくリオルを抱きかかえると、涙がぽろぽろと堰を切ったように溢れてきた。
「無理強いをしてごめんなさい、リオル。ボールに入らないのもあなたの個性だよね」
そもそもリオルが傷つく原因を作ってしまったのは自分だ。あんな酷いことを言わなければ、とユリは心から後悔した。
(僕はずっと君のそばにいたいんだ)
すると、再びユリの頭の中で声が聞こえた。小さな男の子の、優しい声だ。
リオルの手がユリの頬に添えられる。
「この声はリオルだったのね。あなたの声が聞こえる」
リオルは最初からユリのことを嫌ってなどいなかった。ボールへ入るのを拒否したのも、純粋に、ユリと一緒にいたいと思う気持ちがあったからこその行動だったのだ。
「怖がらないで、リオル。例えあなたがボールの中にいても、私がどこかへ行くことになっても、私は絶対にあなたを手放さないわ」
リオルは嬉しそうに目を細めると、ユリの腕から抜け出た。そして、転がり落ちていたモンスターボールを拾い上げる。
(ずっと、一緒だよ)
そう言うと、リオルはボールのボタンに触れ、自らその中へ納まった。
「大好きよ、リオル」
リオルの入ったボールを大事に握りしめる。
しっかりとした足取りで町へと戻るユリの顔には晴れやかな笑顔が浮かび、涙はすでに乾ききっていた。
「あなた(君)を守るために、私(僕)は絶対に強くなる」
それは、いつまでもユリとリオルが強さを求める原点であり続けた。
これはユリとリオルが、最強のパートナーになるまでの物語。