short

□なんでかな、不思議だね
1ページ/1ページ



好きな時に来たらいいと渡された合鍵を使って彼の家の中へと足を踏み入れる。ずいぶん前に渡されたものだけれど使うのは今回が初めて。理由は無性に会いたくなったから。

バッグの中に入れることすらせず握り締めて来た合鍵を用済みだと言わんばかりに机の上に放り投げて椅子に腰掛ける。家に来たところで彼が居ないことは分かっていた。だけどもうすぐ仕事が終わる時間だから、可愛らしく恋人の帰りでも待ってみようかと思ったのだ。

スマホを眺めたりテレビを見たりして何時間かが経ったけれど玄関の扉は一向に開かない。こんな日に限って残業だろうか。それとも仕事が終わってそのまま出掛けてしまったか。連絡のひとつぐらいしておくんだった。椅子に掛けてある彼のシャツを手に取って顔を埋めながらそんなことを考えていた。



扉が開けられた音にびくりと反応して身体が跳ねる。どうやら彼が帰ってきたようだが待ちくたびれた自分は彼の服を抱きしめながら眠っていたらしい。

「遅かったね」
「残業だ」
「驚かないんだ?」
「驚かせたいなら靴は隠すんだな」

酷く疲れた様子の彼に背伸びをして唇を重ねたあとバッグを持ってそそくさと玄関で靴を履く。少し会いたかっただけだからこれで満足だと伝えると彼は逆に不満そうに後ろから私を抱き締めて玄関の鍵をかけた。

「それで今日はどうした?」
「会いたかっただけ」
「なのにもう帰るなんて冷たいんだな」
「帰す気なさそうだよ?」

振り返って見上げるとフッと笑みを浮かべた彼は「明日は休みだからな」と言って私の腰を撫で始めた。それが意味することは紛れもなく男女の関係なのだけれど、疲れ気味の人間がすることではないと厳しく制止する。

「また出直すから。今日はゆっくり休んで」
「なまえが隣にいてくれた方が休まる」

壁際に追いやられて首筋に熱い息がかかるのを感じるとこちらまで変な気分にさせられる。背中に回した手でぎゅっと服を握りしめながら肩口に噛み付かれる痛みに耐えている自分が妙に情けない。

「ゴジータ、いたい…っ!」
「俺のシャツを抱き締めながら寝てるお前が悪い」
「それ関係ない…!」
「ないことない。実物の方がいいだろ?」

肩口から喉元に移動して同じように噛み付かれたあと生暖かい舌がそこをなぞる。ぶるりと震えた身体が床に組み敷かれて首筋を吸われると途端に小さく痛みが走る。キスマークに歯型に、明日からしばらくはこれらを隠す作業に時間がかかりそうだ。

「待って…シャワー…」
「待たない」
「でも汗かいたし…」
「お互いさまだ」
「なら尚更…」
「我慢してくれ」

このやり取りを何度かしたのに結局一緒にお風呂に入ろうと言い出した彼に連れられて脱衣所で服を脱がされる。自分でできるからいいと言っても聞く耳を持たない彼は私の服を脱がし終えると迷うことなく自分の服は自分で脱いでしまった。それ、私がしたかったのに。

「…なんだ?」
「べっつにー」
「なまえがそういう時は拗ねてる時だ」
「だってゴジータ、私の服だけ脱がせて自分はそそくさ脱いじゃうんだもん」

きょとんとしたあと自分もしたかったのかという問い掛けに頷くとクスッと笑いながら大きな掌で頭をぽんぽんされる。

「今度な」

彼のこういうところは好きじゃない。でも今度という言葉はわりと好き。だってまた次もあるのかなって少しドキドキするし。



20181108 title / コランダム



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ