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□これ以上惑わさないで
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「………」
「なに怒ってるの」

黙り詰めのゴジータにいい加減にこちらまで気分が悪くなると溜め息をついた彼女に、やっとの思いで紡ぎ出された言葉がいいだろ別に、だ。ならばそんな態度はやめて欲しいと可愛らしくお願いしたなまえに無理だと一言呟いてそっぽを向いてしまった。

「もう…ゴジータ?珍しいじゃん、ゴジータがそんなに怒るの」
「あぁ、ものすごく怒ってる」
「だからなに?私そろそろ準備しないといけないんだから」

紺色のドレスに身を包まれた彼女が髪を指差して言う。最近結婚した友人が遠方からやって来ると言って張り切ってめかし込んでいるらしい。

「普通の格好で行けばいいだろう?」
「ちょっとお高いレストランなの。だから」
「男は?」
「知らないけど多少来るんじゃないかな」

はぁ…と大きく息を吐いてドレスの胸元を指差した。少し開きすぎじゃないか?ゴジータのその言葉にそんなことないと背中をバシンと叩いて鏡の前で髪を整え始めた。

「男がいるなら尚更駄目だ」
「もうこれ用意しちゃったんだからいいでしょ?それにみんなが見るほど胸ないよ」
「あるかないかの問題じゃない」

うるさい男だなと口を尖らせて髪をカールさせて行く彼女を後ろから抱き締めて鏡越しに視線を交えた。

「ちょっと…火傷しちゃう」
「心配だ」
「ゴジータは心配性すぎるよ。私が悪いことして来ると思う?」
「お前にその気がなくても周りが放っておかない」
「ゴジータが思ってるほどモテないよ」
「下心の話だ」

ドレスの上から身体をなぞった後そっと下唇に触れると振り返った彼女に押し付けるように唇を重ねた。行かせたくないと聞こえるか聞こえないか際どいほど小さな声量で不安を溢した彼の手を握りしめて大丈夫だと呟いた。

「ゴジータのこと大好きだから…」
「わかってる。…それでも心配だ」

先ほどよりも濃厚なキスを交わしながら括れた細い腰を引き寄せた。時々熱い吐息を漏らす彼女の後ろ姿を鏡で確認すると自分はこんな顔でキスしてるのかとゴジータが小さく笑った。

「…準備しなきゃ」
「そうだな」

名残惜しく、密着している身体を解放するとなまえは途中だった髪のセットを済ませて化粧を直した。いつもより少し濃いめの赤を使った口紅をつけて鞄の中をゴソゴソと確認するとゴジータに行ってくると告げて玄関の方へ足を進める。

「なまえ」
「あ…ごめん。口紅塗っちゃったから…また帰って来てから」

何かを察した彼女がゴジータにそう言うと彼は無言のまま頷いて頬にほんの少し触れるだけのキスをする。

「もう行く…ね」
「あぁ。気を付けて」

今まで不安な表情ばかり見せていたゴジータが小さく笑って見送ると、今度はなまえが行きづらいと苦笑した。ほんの少し離れるだけだ。彼が心配するようなことは何もない。だから大丈夫だと自分に言い聞かせて手を振った。

ガシャンと音を立てて閉まった扉を見つめてドアノブからしばらく手を離せなかった。

「すぐに会えるから。…ゴジータ」

だからお願い。これ以上惑わせないでと心の中で呟いた。



20180725 title / レイラの初恋



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