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ずっとモヤモヤしていた。不意をつかれたとは言えキスを拒むことぐらい出来たはずだ。一度きりとは言え遊び人の遊び相手にされるとは不覚だった。一秒でも早くあの記憶を抹消してしまいたくて昨日に続いて今日もお酒を飲みに来た。もちろんべつのお店に。
そうして自分が不運な人間だったんだということに気付かされた。今までの人生はわりと上手くいっていて、いま彼氏は居ないけどそれはそれは幸せだったはずなのに。昨日までは。
「どっかで見たことあると思ったら昨日の」
「…最悪」
あからさまに嫌な顔を浮かべて退治してやろうと思ったのに不幸なことに相手は微動だにしていない。しかも隣の席にどしっと腰を下ろしてカクテルを注文しだした。これでは忘れるどころかまた嫌な思い出が増えて行く一方だ。
「どうせ昨日は頭ん中俺でいっぱいだったんだろ?」
「全然。自意識過剰ですね」
「ふーん」
まさに男の言う通り頭の中は隣に座っている人物のことでいっぱいいっぱいだった。っていうか返せ、私の何年ぶりかのキス。
「俺はいっぱいだったけど」
「そりゃ1日に何人も相手にしてたらいっぱいいっぱいでしょうよ」
「もちろんお前で」
「…は、」
お前で、というのは話の流れ的に頭の中が私でいっぱいだったということで間違いないだろうか。いや、できることなら間違いであって欲しい。暫く無言だった空間に気を遣ってかグラスの氷がカランと音を立てると頬杖をついた彼は「なんてな」と言ってあろう事かニヤリと笑みを浮かべた。
「(このヤロー…)」
「なぁ、名前教えてくんねーの?」
「やだ」
「可愛くねぇな」
「聞く前に自分が名乗ろうよ。べつに知りたくもないけど」
ふん、としてやった気分でドヤ顔を浮かべる。この際はやく席を移動してくれと言わんばかりに嫌味を連発してやろうと嫌な女になる決意を固めた時、隣の男は私の願い通りスッと立ち上がって少し腰を落とした。
「ベジット」
耳元で囁かれた小さな声に少しばかりどきりとさせられて顔が熱くなっていく。騙されるな私。これは女の扱いに慣れている証拠だ。ドキドキしちゃダメ。
「で、名前は?」
頼むから耳元で話すのはやめてくれと耳を押さえながら無言で訴えた。バカみたいに心臓がうるさいことを知ったら男は必ずまたニヤリと嫌な笑みを浮かべることだろう。
渋々口を開いて自分の名前を呟いた。満足そうにサンキュ、と微笑んだ彼は後ろから顔を回りこませてまた昨日と同じように私の視界を奪った。
私と彼の二回目のキスは彼の衝動的なものだった。
20180926