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□ベジット
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「昨日なにしてた?駅の近くで見掛けたような気がする」
「あー…そういや居たな、その辺」

カマをかけるように聞いてきたなまえにわざと惚けたように答えると俯きながら「やっぱベジットだったんだ」と呟いた。ばっちり目が合ったし俺がなまえに気がつかないわけないからもちろん昨日会ったことに間違いはないが、わかりやすく彼女が落胆したから俺も何も言わずに黙りを決め込んだ。

「…バカ」
「そうだな」

なぜなまえが不機嫌なのかと言うと昨日その駅の近くとやらで俺が女と歩いていたからだ。べつに女遊びなんてしたかったわけじゃなければその女と何かあるわけでもないが、彼女を不安にさせるには充分だったみたいだ。

「女好き」
「自分はどうなんだよ。俺に文句言う前にその態度改めろよ」
「………」

黙り込んでしまったなまえの顔に視線を向けるも下を向いていてその表情は確認できない。ちょっと言い方がキツかったのかもしれないと反省点を挙げているうちに鼻を啜る音が聞こえてきておそらく泣いているんだろうと勝手に解釈した。

「もういい」
「なにがだよ」
「ベジットなんて嫌い」

それなりにグサッと来たが元はと言えばこいつが悪い。ああそうだ、俺に黙ってゴジータの野郎と一緒に出掛けたこいつが悪い。だから俺だって同じことをしてやっただけだ。俺がどれだけ気分悪かったか考えてみろと言ってやりたかったから、わざとこいつの前で実行したまでだ。

「他の人と遊びたいならそう言えばいいじゃん」
「遊びたいわけじゃねーしな」
「じゃあ本気なんだ?」
「なんでそうなんだよ」

遊びじゃなければ本気だという答えに辿り着いたこいつの頭ん中がよく分からない。遊びだ遊びじゃないの前にただ隣に連れていただけで遊びですらないし本気なのはなまえだけに決まってる。ただ伝え方を少し間違っただけだと気が付いたのはこいつが思いきり泣きじゃくってペアリングを俺に投げつけてきた時だった。

「…お前、怒りすぎ」
「うるさいっ…もうベジットなんて知らない。ゴジータに慰めてもらうからいいもん」
「なんでいまゴジータの名前が出てくんだよ」
「ゴジータは浮気なんてしないだろうしベジットよりずっといいよ」
「…俺だって浮気なんてしねえよ」

溜め息を吐きながら呆れ気味に呟くとどうだか、なんて信じられないと言わんばかりに言い捨てられた。浮気なんて一回たりともしたこと無いししようと思ったことさえ無かった。ただ、こいつがゴジータといたのが気に入らなかったから仕返しみたいな形で思い知らせてやっただけだ。それの何が悪いって言うんだ。

「付き合う前にゴジータより絶対幸せにしてやるって言ったくせに…」
「そういえばそんなこと言ったっけな」
「嘘つき。ベジットの嘘つき!」
「なんでお前がそんなに怒ってんだよ。俺が他の女といるのがそんなに嫌ならお前だってゴジータとイチャイチャすんのやめろっつうの」

さっき投げ付けられたリングを元あった細い指に通しながら彼女の表情を伺えば何やらきょとんとしていて俺が変なことを言ったのか思い返すハメになった。

「嫉妬したんだ?」
「…まぁそんなとこ」
「だからやり返したんだ?」
「まぁ…そんなとこ」
「不安だったんだね。よしよし」
「いいだろべつに!」

頭を撫でられながら少しイラッとした面持ちで頬を抓ると、すでに涙目だったそれがさらに潤んできて分かりやすい奴だと吹き出しそうになった。

彼女の指にしっかりと嵌ったリングを自分の指で弄りながら顔を寄せるとなまえは拒むこともなく目を瞑った。嫉妬しまくって若干情けない気もするがこいつが笑って俺のとこに帰ってくるならそれでいい。



20180907



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