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「お、おかえりなさい」
「ただいま」

有言実行だと言わんばかりに日付けが変わる少し前に帰宅した彼を見送った時と同じ色気の無い服装で迎える。足を放り出した格好のため外の空気が家の中に入るとそこそこ寒い。一度冷えるとなかなか暖まらずにぶるぶると震える身体を彼にひょいと抱え上げられてソファーの上に下ろされると膝にブランケットが掛けられた。なんだろう、ものすごく気がきく人だ。

「あ…ありがとう」
「明日はそんな服を着ずに済むから今日は我慢してくれ」
「そのことなんですけど…」


02


どうしてここにいるのか、どうしてこんな服装なのか、とりあえず気になっていたことを問い掛ける。彼が出掛けている間に自分の服を探したけれどそれらしいものは見つからなかった。確か昨日はお気に入りのワンピースを着ていたはずだ。

「その様子じゃ覚えてなさそうだな」
「…はい、あんまり」
「着ていた服は乾燥機にある。その間とりあえず俺の服を着せたからその格好だ」
「…なんでわざわざ乾燥機にかけてもらったんでしょう?」
「君が脱ぎ捨てたから洗濯しておいた」
「脱ぎ捨てっ……」
「バーに行ったことは?」
「バー…?バー。…バー…、あ!」

そうだ。そう言えば友人から教えてもらったイケメンのバーテンダーさんが居るというお店に行ってひとりでお酒を飲んで。想像以上のイケメンにオススメのものをいくつか出してもらって調子に乗って…。

「…酔い潰れたんですね」
「そんなところだ。偶然俺がそのタイミングで上がる時間だったから家まで送って行こうとしたんだが…」
「……が?」
「帰らないと駄々をこね出したからここまで連れて来た」
「すいません…ごめんなさい。このお詫びはいつか絶対に…」

ひたすら頭を下げながら何という失態だと自分で自分が恥ずかしくなった。記憶がなくなるまで飲むなんて初めてのことで自分が何をしてしまったのか彼の口から聞くのが怖くて仕方がない。

「他人の俺が口を出すべきじゃないが、君がいいなら別にここに居てもらってもかまわない」
「…なんで、ですか?」
「酔っていたとは言え初対面の俺に泣いて縋るほど帰りたくない家なんだろう?」
「縋っ…すいません。本当に何てことを…」

泣いて縋り付いたのか。何やってるんだろう。たしかに独り暮らしで自分以外に誰もいないあの家に帰るのが嫌だったのは事実だけれど。よく友人が遊びに来てくれて、そんな時は良かったけどそうでない時はもの凄く寂しくて不安で心細くてどうしようもない時があった。だからと言って知らない人に何てことを…。

「あの…お兄さん」
「ん?」
「ちゃんと明日帰るので…ほんとにごめんなさい」

それはもちろん当然のことで迷惑をかけたあげく図々しくここに居座ろうなんて考えは微塵もない。ありがたいことに洗濯してもらえた自分の服を着て明日帰ろう。そして、落ち着いたらまたお礼をしに来よう。

「そう言えばあのバーテンダーが気になってたみたいだな」
「い、いえ、そんなことは…」
「昨日とは別人だ」
「…といいますと?」

聞くのは怖いが聞かずにいられないとはこういうことか。恐る恐る彼の顔を見るとクスッと笑みを浮かべた顔が目の前まで来て瞳を閉じる。何が起こっているのか、理解するまでに時間が必要だった。後頭部に添えられた手が大きくて暖かい。そして少し鼻を掠める煙草のにおいに意識がいっぱいいっぱいだった。



20190424



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