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怖いもの見たさと言ったところだろうか。明日は仕事が休みだからとひとりで飲んでいたバーのお手洗いの近くで、そりゃあもうねっとりうっとりとキスをしている男女はその場でイケないことまでしだすんじゃないかというほど盛り上がっている。

酔って気分が良くなるのは分かるけど場所は考えて欲しいものだ。独り身の自分がどうも悲しく思えてくる。咄嗟に隠れた掃除用具入れの隣で静かに溜息をついて呆れているのに何となく見たくなってしまうのは冒頭の通り怖いもの見たさからだ。

とりあえずお目当てのお手洗いに行きたいのはもちろんだけれど、あのふたりがどこまでヒートアップしてしまうのだろうという好奇心もあって早く終わって欲しいような欲しくないような。こんなものなかなか見る機会も無いし…と食い入るように物陰から覗く私も相当バカな女だ。

そしてやはり男の手が女の腰に回されてそのまま服の中に侵入して行くのだと何故だか私がゴクリと喉を鳴らした時、パシンといういい音がひとつ。女が男の頬にビンタをして怖い顔をしながら去って行く。おっと、キス以上はアウトだったのか。あんなにネチっこいキスしてたのに。

とにもかくにもこれでお手洗いに行けるとホッと胸をなでおろしながら用具入れの陰から出ると目の前にさっきの男がいて私の前に立ち塞がった。

「さっきから見てんのバレバレだぜ」
「それはそれは。失礼しました。でも場所は考えて下さい」

金髪でアクセサリーもつけてて、それでもってさっきの激しめのキス。完全に遊び人だということは理解できるが何で私の前方を塞ぐのかは理解できない。

「どいて貰えると助かります」
「押し退けて行ってみるか?」
「どう考えても無理かと。マッチョだし」
「へぇ、鍛えてんの分かんのか」
「まぁ何かしてるのは分かりますね」

それに誰が見ても分かると思うけど、と付け加えようとした言葉が奥の方に押し込まれる。思考が今の状況に追いつくまでに少し時間が必要だった。用具入れに背中がぺったりとくっ付いた状態で顔の横には男の右腕。そして一番驚かされたのは視界いっぱいに広がった男の顔だ。

「……へ、」
「ごちそーさん」

舌舐めずりをしながら去って行く男に声を掛けることも、さっきの女のようにビンタを一発お見舞いしてやることもできないまま、ただ床にへたり込んでボケっとするしかなかった。

私と彼の一回目のキスは半ば事故のようなキスだった。



20180925 odai / TOY



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