美貌の皇帝

□第一章「クロプシュトック事件」
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帝国歴486年。


ゴールデンバウム朝銀河帝国の首都星「オーディン」に物語の主役の姿があった。彼がいるのは自身が

主に住まう別邸。そこには、最大の腹心といえる士官二人と最愛の妹がいた。


彼の名はジークヴァルト・フリードリヒ・フォン・ローゼンハイム。ローゼンハイム公爵家当主にして、

銀河帝国軍の上級大将であった。そして、そのジークヴァルトの妹レティシア・ジークリンデ・フォン・

ゴールデンバウムは皇女である。即ち、ジークヴァルトは元皇族なのだ。


「せっかく、アマーリエお姉様やクリスティーネお姉様、シュザンナ様やアンネローゼ様にもお会い

 出来ますのに……ゴホッ……これでは行けませんわ」


レティシアは咳き込みながら、恨みがましく呟いた。


「我が儘を言うな、レティー。お前に何かあっては、私が陛下の罰を受けるのだぞ。可愛がっている末妹が

 無理をしていると知れば、姉上方とて安堵は出来ん。お前は彼女達の心の支えなのだ、しっかりと養生

 しなさい」


年の離れた妹を窘めるのも兄の役目である。


「分かりました、わたくしはここでお兄様のお帰りをお待ちします。ダリウス、わたくしの分もお兄様を

 お支えして下さいね」

「もちろんでございます、姫様」


ジークヴァルトは微笑んだ。妹の声に答えたのは、口数こそ少ないが、最も信頼し気を許せる相手であり、

腹心の中の腹心ダリウス・フォン・アーミシュタットである。


残念がりながらも健気に言ってくれる妹の頭を撫で、ジークヴァルトは屋敷を後にする。




地上車から降り、ダリウスから杖を受け取る。


「ジークヴァルト様!」

「フレーゲルか、久しいな。その様子だと、ランズベルクも来ているようだな。後でゆっくりと話でもしようか」

「えぇ、もちろん!ジークヴァルト様がおいでになるだけでも、私は嬉しいですよ!」


今回、参加する事になったパーティーには皇帝の他皇族も参加する事が決まっていたのだが、運悪く

風邪を引いたレティシア皇女に無理はさせられないと考え、個人ではなく、皇女の名代として参加する

旨を伝えたのである。勿論、却下などあるはずもなく、むしろ、それでも来てくれるならばと懇願された

ほどだ。パーティーの主催者であるブラウンシュヴァイク公爵はジークヴァルトの長姉アマーリエの夫であり、

義理の兄にあたる存在だったので、はなから断る気などなかったのだが。


姉の顔を立てるのも、弟の役目である。


一旦、フレーゲルと別れたジークヴァルトはある人物に会う為、来賓室に向かった。


そこで待っていたのは、ブラウンシュヴァイク公爵夫人アマーリエである。ジークヴァルトから数えて、

長姉にあたる人物だ。


「ジーク、随分と逞しくなりましたね。……ふふ、それもそうです。もうあなたもルートヴィヒの年齢と

 相違ないのですから」

「アマーリエ姉上、お久しゅうございます。ええ、兄上がいらしたらお喜び下さったでしょう」

「マリア様が御存命ならば、あなたの成長を誰よりも喜んで下さったはずです。後は可愛い妹の成長を

 しっかりと見守っておあげなさい、ジーク」

「御意」

「……さ、会場へ参りましょう。陛下と夫人方が到着されたようですから」


アマーリエに従い外へ出ると、赤い絨毯が敷かれており、その上を皇帝と二人の夫人がゆっくりと歩いていた。

辿り着く先には義兄のブラウンシュヴァイク公爵が控えており、今か今かといった表情である。着席した

三人を見届けたのち、アマーリエは静かに夫の下へと歩いていく。


「皇帝陛下、ベーネミュンデ公爵夫人、グリューネワルト伯爵夫人、今日は御参加頂き誠にありがとう

 ございます」


公爵の挨拶が始まる中、ジークヴァルトは自分が立っている所と同じ立席区分に、グリューネワルト伯爵

夫人アンネローゼとよく似た美しい金髪の青年を見かけた。彼女の弟、ラインハルト・フォン・ミューゼルに

間違いないだろう。銀河帝国軍大将の位についたばかりの功績が華々しい勇将でもある。


(赤毛の友人は階級が足りず、門前払いといった所か)


ちらりと背後に控える腹心の姿を見る。


「私にはそなたがいるというのにな」

「どうなさいました?」


首を傾げたダリウスに微笑むと、ジークヴァルトは視線を戻す。


「ミューゼル大将殿には是非とも強くなってもらわねば、な」

「……ジークヴァルト様」


誰も知らない人の願いを叶えてもらう為には、野心を抱く天才が必要なのだ。



公爵の挨拶が終わり、次々と皇族に挨拶に参上する貴族達が出始める。それに一応倣い、自分も進み出た

ジークヴァルトは、自分の元の身分に畏怖し道を譲った者を蔑みながら通る。辿り着いた先には己の父

であり、この国を治める皇帝フリードリヒ四世が座っていた。両脇には皇帝の寵姫である夫人二人が

座っている。足を患っている為、跪けぬ事を詫びてから頭を下げようとした瞬間、遠くから光と熱が生じ、

遅れて轟音と爆風が離れた場所の皇族たちと貴族たちを襲った。





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