俺の妻はモンペを作るのが上手い

□はじまり
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外からバタバタと慌てたような音がする。
学校からの帰り道に見つけた秘密基地のような小さな空間。

路地裏の一角にひっそりと存在するその空間が私は大好きで、安心するからと治安が良くないとわかっていながらもついつい居座っていた。

人一人しか入れないほどの狭い空間だけれども、ここに入れば周りからは見えないし、こっそりと家からクッションを持ち寄ってゆっくりと読書をするのが最近の日課だった。

普段は暗くなる前に帰っていたけれど、今日はうっかり本を片手に持ったまま眠ってしまって、そうして気が付いたら外は修羅場の真っ只中。

人が走り回る音、男の人の怒号、隙間からチラリと見えた男の人達の手には、(多分)拳銃が握られていた。
男の人達の足元に、人が一人、倒れ込んでいる。

自分の手がカタカタと震えだす。
治安が良くないとは言え、ここは日本だからいるとしても不良とか、そう言う人達ばかりだと思っていた。
恐怖から悲鳴が溢れそうになって、冷たくなった両手で慌てて口を塞いだ。

「あの野郎どこ行きやがった!!
テメェらとっとと探しやがれ!!!」

掠れた低い男の怒鳴り声に答える若い男達の声。
騒々しい足音が遠ざかっていくのを恐怖でぼんやりとした頭で捉えて、安心から涙が溢れた。

この辺は入り組んでいるから、地理に詳しくない人が入り込んでしまうと同じ道をぐるぐると回る事になる。
あの人達の様子からしてこの辺の地理には詳しくないだろうし、今出て行けばいつ鉢合わせるか分からない。
あの人達がいなくなるまで、私はここでただじっと待っているしかない。

鼻をすすって、制服の袖で涙を乱暴に拭ってみたものの効果は無くて、次から次へと涙が出てくる。

ーーーーーーーもう二度とこんな所に来ない。

自分に固く言い聞かせて、これからの恐怖に耐えるため、間違っても声なんか出さないためにポケットからハンカチを取り出して口に咥えると同時に、今度は先程よりも軽い、けれども大人の人の足音だと分かる程度の靴音が聞こえてくる。

「クソッ!またここか!」

先程の人達とは違う、新しい声。
多分、追われている人。

そっと覗き見ると、その人は怪我をしているように見えた。
片腕を庇っていて、足運びも少し可笑しい。

さっきの人達と違って拳銃は持っていないように見えた。

その直後にバタバタと近付いてくる荒々しい足跡。

「チッ、こうなったら・・・」
「あの・・・」
「君、どうしてこんな所に?!」

忌々しげに舌打ちをした男の人を見て、何を思ったのか、私は口に咥えていたハンカチを取り出して、その人に声を掛けていた。

警戒したように振り向いたその人が、瞳を丸くしてこちらを見ている。

「こっちへ!」

手を伸ばす。
躊躇するように視線を彷徨わせて、近付いて来る足音に目を鋭くさせてこちらへ駆け寄ってくる。

男性らしい少しカサついた骨張った指先が私の指先に触れた感触がしてすぐに、私は力一杯その人を引き寄せた。

全体重をかけて引っ張ったから、勢いをつけすぎて後ろの壁に頭を強打してしまった。
痛みに一度うめきそうになって、ギュッと唇を噛み締めて男の人を強く自身の方に引き寄せる。

男の人から発せられるピリピリした感覚が怖くて、ぼろぼろと先程よりもだいぶマシになったと思っていた涙腺が決壊する。
自分でもどうしてこんな訳ありの人を助けてしまったのか分からないけれど、とにかく今は静かにして欲しくて、驚きに目を見開いているその人の頭を抱き込んだ。

「ぅ・・ここは・・っ・・・外から見えないからっ・・・大丈夫、だから・・・」
「・・・・・」

嗚咽混じりの声で、それでもとにかく落ち着いて欲しくて、耳元で小さく囁いてゆっくり頭を撫でたり、髪を梳いたりすれば、興奮して荒くなっていたその人の呼吸は段々落ち着いていった。

「どうして、こんな所に・・・」

静かな声で疑問を投げかけてくる男の人に首を横に振ってキュッと唇を噛みしめる。
それだけでハッとした表情になったその人は、近付いてくる足音から少しでも遠ざかるように体を近くに寄せ、無意識にだろう、私を守るように軽く引き寄せた。

苛立ったような男達の足音が私達の前を素通りしていく。

パタパタと遠くなる足音に、深い溜め息をついてから自分が引きずり込んだ男の人をじっと見つめた。

遠目から見た通り、腕と足を怪我しているらしく腕の方からは真っ赤な血が滲み出していた。
足はパッと見怪我は無いようだけれども、よく見てみると少しでもダメージを緩和させる為か片足を庇うように座っていた。
他にもよく見ると全体的に小さな傷が沢山あって、お互いの体が邪魔で上手く動けないなりに頑張って鞄の中からタオルと絆創膏を取り出した。

「ごめんなさい・・・いまは手持ちがこれくらいしかなくって・・・」

「・・・大丈夫だ」

私が何か変なことをしないようにだろう、鋭い目でじっと見られて、手がカタカタと小さく震えた。

「・・・秘密基地なんです・・・眠ってしまって、気が付いたらあんなことになってて・・・・」

理由を説明する声が震える。
目が覚めたらとんでもないことに巻き込まれていて、外でこの人の事を探し回るあの人達に見つかったら私はきっと恐ろしい目にあってしまうかもしれない。
この人もとても怖くって、でも、無意識にでも私を守ろうとしてくれたこの人はきっと悪い人ではないと思ったから、だから、

「大、丈夫です・・・大丈夫ですよ、あなたの事は、私が守ります・・・」

泣いたせいで目は腫れぼったいし、鼻水も油断したら垂れそうだし、声も身体も情けなく震えてしまっているけれども、無理矢理口角を上げて笑って、それからギュッと抱きしめて優しく頬をすり寄せてみる。

おそるおそると言った様子で私を見返してくるその人の顔は、なんだか鳩が豆鉄砲を食ったような、不思議な表情をしていた。

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