BOOK:79 りある

□❁ある女子の考察❁
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ある女子の考察A
「チョコっとおすそ分け」

❁…………

「うそ…」

家庭科室。
黒板に張り出された班わけ表に、思わず、歓喜の声を漏らす。

私の名前と、彼の名前。

その横に書かれたこの「C」という表記を、私は一生忘れないだろう。

心では歓喜の舞だけど、どう喜びを表現すればいいのかわからなくて、とりあえずCグループの机に向かう。

すでに座っていたクラスメイトに「よろしく」なんて笑ったけど、もうすぐ彼もここに来るんだって思うと、自然と心が跳ねる。

…しばらくした頃、楽しそうに笑う声とともに、彼が現れた。

ドキドキ高鳴る鼓動。自然と、その声に耳を澄ます。

「…僕はねぇ、Cグループ!」
「あ、俺も!ちぃのCじゃん!ご利益ありそう〜」
「崇め奉りたまえ〜」

彼とその親友はキャッキャ盛り上がりながらこっちへ。
比例して、私のドキドキも大きくなる。

「がんばろうね〜」

そしてついに。
ニッコリ笑った彼が向かい側に座った。
きっと私がどのグループかなんて、微塵も考えなかっただろう。
…それでも、‘がんばろう’って言ってもらえたから、今日は私の人生、今までの調理経験を総動員して頑張ろう。

そう心に誓っていれば賑やかにやってきた一行。その中にあの、勝手にライバル視している男の姿も。

…あ、そう言えばあの男は……。


「…ねぇ、料理得意?」
どのグループなんだろうか、と、男の動向を確認しようかと思った瞬間、彼から声がかかって。

ドギマギしながら「うーん、普通、かな」なんて言葉を返した。

本当は、ちょっと自信がある。

だけど、得意って言ったのに全然だったら彼に見損なわれちゃうかな、なんて思って返した答え。

それに、
「そうなんだ!僕はね、ぜんぜーん、やらない!」
ニコって笑われれば、もう撃沈だ。

「そ、そっかぁ…」

キュンが、大きくなりすぎて、一瞬心臓が止まってしまうかと思ったぐらい。

「裕翔くんもやらないけどね、あ、でもね。大丈夫だよ!今日はやまちゃんも一緒だから!」

辛うじて心臓は動いていたんだけど、唐突に出た男の名前にギョッとする。
一緒なのね……。

ちょっと複雑な思いで顔を上げれば、ニコニコの彼。

また心臓が止まりそうになっている私のことなんて、全く気づかない彼はニッコリ笑って言葉をつなげた。

「やまちゃん、すっごい料理上手いんだよ!
この前もね、僕の家に来た時に…」





「知念」





…満を持して。
というように登場した男は、たった一言で、彼と私の会話を止めてみせた。

彼の笑顔が今まで以上に輝くもんだから、思わず笑ってしまった。
だって、それは、ヤキモチなんかも妬けないぐらいだから。

「やまちゃん!
すごいよね、裕翔くんと3人一緒だよ!」
「ね。よかった」

男がニコニコ顔の彼の頭を撫でると、先生が到着。

残念ながら彼の隣は空いていなかったものだから、男は名残惜しそうにその場を離れた。
もちろん、私に若干のにらみを利かすことも忘れずに。

…しかし。
いざ授業が始まれば、当然、立ち作業。

男はサッと彼の隣に。
…本当、抜け目ない。


実習中、微弱でも、なんとか彼にいいところを見せたかったのに。


「知念、手、洗った?」
「知念、こっちきて」
「知念、それ取って」

…もう、とにかく。
一切彼がこちらを見る暇もないぐらいに、二人はべったり。

手際よく調理していく男に、こっちは空いた皿を片付けることぐらいしかやれなくて。

…なんだかなぁ、と思っていれば、横から聞こえるあまーい声。

「知念、味見して」
スプーンでソースをすくって、息を吹いて冷ました後、当然のように彼の口まで運ぶその男。

「…美味しい!」
彼の方もそれを笑って受け入れている。
「…よかった」
男はホッとしたように、本当に本当に優しい笑顔で彼の頬に触れて。
…簡単に二人だけの世界が出来上がってしまった。


…なんだかなぁ。




……しかも、そんな男に加えて。

「ちぃ!見て見て!」
「おぉみじん切り!やまちゃん、すげぇー!」
「ハッハッハッ!お前にコンソメを与えてやろう〜」

とにかく騒がしい彼の親友。

これじゃあ、いいところを見せる、なんてこと出来そうにない。



…だけど。
チラッと視線を寄せた彼は、幸せそうに男の側に居て、親友の言葉に大笑い。


なんだか、そんな姿を見られただけで。
それだけで、どこか、もう満足だって思ってしまってる。





「すげぇ!絶対やまちゃんが、クラスでいっちばんうまいよ!」
「ねー!やまちゃんすごいでしょー!」

彼の親友と彼に褒められてどこか照れくさそうな男。
…悔しいけど、たしかに、めちゃくちゃ美味しそうだ。

彼の親友の、大きな「美味い、美味い」って声をBGMにみんなで仲良く食べれば、先生が「おまけよ」なんて言って、みんなにチョコレートを配り歩いている。

縁起が良い名前のそのチョコレート。

先生が受験シーズンに大量に買ったはいいが、食べきれなくて困っていたんだとか。

各班に6つずつ置かれたチョコレート。
5人しかいないうちの班は一つ余って。

「やまちゃん!頑張ったんだから食べなよ!」

っていう、彼の親友の言葉にみんなが納得して、余りの行方は決まった。

なんとなく。
本当、なんの気もなく、それを見ていれば。


「…欲しいの?」

控えめな、彼の声。
顔を上げれば、彼は私を見ていた。

「…へ?」

視線を辿れば、そのチョコレート。




…っえ!もう一つ欲しいと思われてる!?
いいところを見せるどころか、めちゃくちゃ強欲な女だと思われている…!

慌ててブンブン首を横に振るけれど、彼は「うーん」と少し考えるそぶりをした後。「あ、そうだ」なんて笑って自分のチョコレートを二つに割った。


「はい、あげる。」

差し出された片割れ。

「…へ?」

いや、本当にいいよ!って言おうとした私に、彼は笑って言った。

「ずっと食器洗い頑張ってたから。

僕ほーんとになんもしてないからね!
だから、お礼」

ニッコリ笑う彼に胸がギュッて音を立てて、
なんだかジーンと胸が熱くなった。

…見てて、くれたんだ。

あぁ、本当…。
そうやって、周りのこともよく見てくれてるところも、たまらなく好き。
そして、それをさりげなく伝えてくれる。
『ちゃんと頑張ってるの知ってるよ』って。
恥ずかしげもなく、人の努力を認めてくれる人。

こんな些細な調理実習でそこまで大げさかもしれないけど。
些細な瞬間にそれが出来る人じゃ無いと、きっといざという時もそんなことできないでしょう?

…もしかしたら彼からは、チョコレートを欲しがる強欲な女って思われてはいるかもしれないけど。

そんな言葉くれたから、もう…大満足だよ。



二度と無いであろう、彼からもらうチョコレート。
その味を、絶対、一生忘れないでいよう。

そう思いながら、「ありがとう」ってそれを受け取ろうとした、その時。

「知念!」

って、矢のような言葉が降ってきて。



彼の親友を挟んで座っていたはずの男がパッと立ち上がり、彼が差し出しているチョコレートを取り上げて、自分の口の中に放り込んだ。
そして、自分のもらったチョコレートを一つ丸ごとズイッと私の前に差し出す。

ものの5秒ほどの出来事。

唖然としているのは私だけではない。
彼の方も口をぽかーんと開けて男を見ている。

「…えっと。」

何か言わなければ、と、口を開けば、
「いーよ。俺はいらないから」
なんて、仏頂面で的外れな回答。

「今、僕の食べたじゃん!」
やっと正気を取り戻したようにそう言った彼に、男は「いーんだよ!」と、ムッとしたように言った。

「えぇ、よくないよー!」

ご立腹の様子の彼に、男はさっきまでムッとしてたのが嘘のよう。

「帰りにファミリーパック買ってやるから!」と焦ったように言うのだった。











…全く。
本当に、なんだかなぁ。

って思いながら、顔は笑っていた。

…一生忘れないって誓ったはずのチョコレートの味はわからない。
でも、この心の暖かさは、きっとずっと忘れないだろう。


私は彼に対して、
異性として好きとか、
…付き合いたい、とか。

それはもちろんあるんだと思う。
…思うんだけど。

それ以上に。
彼のような優しい人間になりたいって、そういう風に思っているの。
きっと彼は好きな人で。
その一方で、憧れの人。
私は、彼の優しさとか、強さとかを見習いたいって思っているから。

「そんなのいらないよー!」

「ごめん、ごめんて知念。」


…だから。
彼の横顔にそっと誓う。


今は、強欲な女だけど。

私もいつか、あなたにもらった分の幸せを少しでも、誰かにおすそ分けような人間になります。

だから。それまで、もうちょっとだけ、私にも幸せをください。って。





………❁
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