BOOK:79 ぱろでぃ
□@ 大野建築事務所 〜 2度目の出会い
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「…でさぁ、知念はほんっとに凄かったわけ!優秀で、可愛くて、賢くて。
ほらだって見て!こんなに可愛いんだぜ!」
「…有岡さん、やめてください」
仕事を終わらせてやぶさんと2人で向かった居酒屋には、すでに先約が。
伊野尾さんが立ち上げる新たな事務所で、庶務から経理から営業までマルチにこなす…つまりは何でも屋となることが決定している大ちゃんだ。
伊野尾さんと大ちゃんは大学が同じサークルで、年も学年も伊野尾さんの方が上だけど親友。
今回、新しい事務所を立ち上げるにあたり、所長はやぶさんを連れて行けばいい、と言ったが、そうなると現実的にうちの事務所が立ち行かなくなる、と頭をひねっていた時に、ちょうど大ちゃんが‘転職しようかと思っている’なんて言いだしたもんだから白羽の矢が立ったわけだ。
もともと大手の不動産屋で営業マン、しかも若くして売り上げナンバーワンの店舗の店長として活躍していた大ちゃん。
経理や庶務の方も、もともとやっていたし、建築の知識はなくても充分に営業としてやっていけると伊野尾さんに口説き落とされたのだと言う。
今回の知念の歓迎会、所長が来られなかった分、人数に空きが出た、と伊野尾さんが言うと二つ返事でやってきたというわけだ。
俺は、もともと伊野尾さんと3人で飲んだことがあったりしたから、顔見知り、というか年齢を超えて友達になっちゃってるんだけど。
「…おーいー!なんだよその距離のすごい話し方!!いつもみたいに話せよ!!」
「…じゃあ。大貴うざい、離れて」
楽しそうに笑う大ちゃんに驚いた。
伊野尾さんの大学の後輩。当たり前だが、知念とも同じ大学になるわけで。
在学中から知念のことを可愛がっていたという大ちゃんと、知念の関係は、あまりに近しいものだった。
大ちゃんは中学の時は俺の定位置だった知念の横に陣取り、俺はドキドキしすぎて出来なかったような…。
つまり、ベタベタと触っているのだ。
「あはははは!大ちゃん、また振られてるし」
「ちげーよ!
これは不器用な知念の愛の表現で…「違うよ。本当にうざいの」
しかも。
俺は言われたことのないような言葉を言われていて。
息のあった言い合いとか、その間も触れ合っている体とか。
その全てが気になって。
伊野尾さんは「相変わらず辛辣知念ちゃんだねー」なんて大笑いしているし、やぶさんも「毒舌いいねぇ」って言いながら穏やかに笑っているけど。
俺だけは、いつまでも上手く笑えずにいた。
中学のときに積み上げたものなんて。
時間的にも、思い出としても、ちっぽけなものだと思い知らされた気がしたから。
「…んじゃ、俺はこの荷物運んでくから」
「あはは、荷物ってお前。」
それからは、皆で伊野尾さんと大ちゃんの大学時代の武勇伝を聞いて過ごし。
気づけば夜も遅い時間になっていた。
金曜日とはいえ、そろそろ、とお開きに。
すっかり酔いつぶれた大ちゃんを抱えた伊野尾さんは「じゃーなー」と背を向けた後、チラッとこちらを振り向いた。
「……知念ちゃん、いじめるなよ。
たまに偵察来るからさ。」
なんだかやけに小さな声。それにやぶさんが
「当たり前だろ」って笑いながら返すと伊野尾さんはなんだか少しだけ泣きそうな顔で言った「…今まで、ありがとね」と。
「ばいばーい!」
その直後にはいつものように柔らかく笑って歩き出した背中。
きっとあれは、俺じゃなくて、やぶさんにかけられた声だろう。
2人は同期入社、つまり、この事務所の立ち上げメンバーだったというから。
「…あいつ、さいっごまでテキトーだったな」
苦笑するやぶさんの横顔が、どこか寂しげだったことも、きっと気のせいじゃない。
「ちょっと俺、コンビニ寄ってから帰るから」
これからよろしくね、知念。って、そう言って、やぶさんは足早に1人、夜道に向かって歩き出した。
残されたのは。俺と知念。
社会人として、一定の距離を持った話がいいのか。
それとも…あの時のように。
あの頃のように話しかけてもいいのか。
戸惑っていれば、隣の知念が息を吸ったのがわかる。
そして聞こえたのは、いつかのような声。
「…山田くん、だよね?」
その瞬間。
あの時の温度も、香りも、色も
…気持ちも。
全部が、蘇った気がしたんだ。
泣きそうな思いで、
その目を見て、言った。
「うん…、君が‘知念’だよね?」
そう笑ったのは。
この胸の高鳴りは。
もしかしたら、あの時の俺なのだろうか。
それともやっぱり。
何年ときを経ても。
俺は、君を。
特別に思ってしまうのだろうか。
だってほら。
こんなにも。
「これから、よろしく」
っていたずらに笑った君のことを特別に思っているんだから。
ねぇ、知念。
二度目の出会い。
今度は絶対に間違えたりしないから。
また、君に恋をしてもいいかな?
きっと問題はたくさんあるけれど。
今度こそ、君の隣で、その手を絶対に離さないから。
だから、お願い。
もう一度、俺を好きになって。