BOOK:79 りある
□☆恋人自慢を少し
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見慣れた居酒屋。
いつもの個室。
そのドアを開けると、にやりと笑った友人。
その向かい、つまらなそうにスマホをいじっていた顔を上げて、俺を見る。
「りょおすけぇ!?」
目を真ん丸に広げて。
いつも上がっている口角をさらに上げて。
「わぁあぁぁ!
会いたかったよぉおお♡」
って両手を広げて、俺の胸に飛び込んでくる。
……よし。
かんっぜんなシミュレーション。完璧に見えた。
もう、知念の声や温度も感じるぐらいだ。
目を開けると、思ったのと違う方向へ進んでいた車。
「あれ、どっち向かってんのこれ」
「とりあえずお家に…「いいよそんなん!!」
お店向かって。って、マネージャーに伝えると「え、スーツケースは…」なんて言ったけど、そんなものは、どうでもいい。
なんてったって知念が待ってんだから。
もともと、今日か明日に帰る、とは伝えている。
しかし、具体的に今日なのか明日なのか。加えて何時なのかも伝えていないから、きっと知念は
「もー、りょおすけ、何時に帰ってくるんだよっ!」って頬を膨らませているはずだ。…いや、可愛いな、おい。
それが、俺と会えない寂しさを紛らわすために来ている友人とのご飯に俺が現れてみろ。
…もう、びっくりして、びっくりして、うれしすぎて。
きっと「りょおすけー♡」って両手を広げてハグを求めてくるに違いない。
なんだろうな、確信できる。その未来が見えすぎる。
「…山田さん、顔、何とかしてから行ったほうが…」
「あん?」
「…いや、なんでもないです。」
窓に映る夜の東京。
同じ町に知念がいるってだけでちょっと泣けてくるんだから…あぁ、俺、ちょっと疲れてるわ。
…知念、もうすぐ、会いに行ってやるからな。
ふっと笑うと、マネージャーが怯えたように口を歪めたのが鏡ごしに見えた。
「…スーツケース、本当にいいんですか?」
「いーよいーよ。お疲れ様。ありがとう」
それから15分。
やっとたどり着いた店の前。
マネージャーはスーツケースを家まで持って行ってくれると言ったが、知念とよろしくやっているときにタイミング悪く現れられたら困るし。
自分で大きなスーツケースをゴロゴロ言わせながら向かう。
…知念、びっくりするだろうな。
見慣れた居酒屋。
いつもの個室。
さっきのシミュレーション通り。
顔なじみの店員さんは「おぉ、お疲れ様」と笑う。
小さく会釈をすると、そのドアの前へ。
息を吐いて。
手をかける。
…よし。
「…よぉ!」
笑顔を向けた先。
にやりと笑う友人。その向かいに……あれ!?
いないっ!!
つまらなそうにスマホをいじっていた顔を上げて、俺を見る予定の知念がいない!!
「え!?知念は!?」
「……あぁ、今、ちょうど…あ、帰ってきた」
「っへ?」
友人の声に振り返ると、その先にいたのは。
「…おぉ、涼介。
え、なんでスーツケース持ってんの(笑)」
明らかに誰かとの通話を終えてスマホをいじりながら帰ってくる愛しい人。
あぁ、やっばい。やっぱり久しぶりに見ても劇的にかわいいな、俺の恋人は。しかも、ちょっと見ない間に色気出たか?あぁ!すぐに引き寄せて抱きしめて………。
「通してー」
…あ、いや。まって。違う。ちょっと思っていたのと、いろいろ違う!!
「……あ、はい。」
一歩下がると、奥に座った知念が「涼介、なんか飲むー?」
ってメニューを差し出してくれた。優しい。
「……あ、うん。じゃあ、いつもの、で。」
「んー」
頷いた後、自分の隣をポンポンたたいて。
「座んないの?」って小首をかしげた。あ、可愛い。いやいや、そうじゃなくて。
「っちょ、違くね!?」
「何が?」
「いや、お前の反応!」
「え?僕?」
小さく笑う知念に、そうだよお前だよ。
って言いながら軽く頬を引っ張ってやった。
「…なんか、もっとさ。」
「うん」
「“りょーすけー!会いたかったよー!”とかねぇの?」
「あ、うん。会いたかったよ」
「…まじで?」
「うん。」
「…そっか」
…知念、そっか。俺に会いたかったか。そっかそっか。
「あ、ねぇ、僕ももう一杯飲むー」
…いや、違う。違うだろう。もっと、なんかこう……。
「…お前さぁ。」
「っま、まぁさ!やまちゃん!とりあえず、お疲れってことで!」
ため息混じり、俺の悲しみを伝えようとしたら、友人の強引な乾杯によって遮られた言葉と思考。
…まぁ、会えたからいっか。って思っちゃう俺は、本当に、知念にどこまでも弱いんだろう。
「なぁ、知念」
それからしばらく。
飲み会もお開きになり、二人でぶらぶら歩く帰り道。
ゴロゴロとスーツケースを引っ張りながら口を開く。
「あ、やっぱりタクシー捕まえる?」
「いや、そうじゃなくてさ」
俺の可愛い恋人は「タクシー捕まえようよ。」ってさっきからそればっかりだ。
家まで歩いても30分ほど。二人でのんびり歩きたいから断っているのに、何とも頑固なやつだ。きっと歩くの嫌なんだろう。
まぁ、わかっててずっと断ってる俺も結構な頑固だからお互い様か。
「そうじゃなくて、何?」
「…うん」
ぼんやりと月を見上げて、ふわふわ揺れるその手を掴もうとしたら振り払われてしまった。…むなしい。
「…いや、なんでもない。」
「そっか」
くすっと小さく笑う恋人に、何とも悲しい気分になって。
スーツケースの音がおもっ苦しく響く。
「…今日ね、」
それを切った、やわらかい声。
そっと耳を澄ませると胸がキュウっと苦しくなった。
ダメだなぁ。横に知念がいる。それだけでちょっと泣きそうになってる。
どんだけ疲れてたんだよ、俺は。
自分自身に苦笑したのと同時、
「……本当はね。涼介の家、ちゃんと換気しておいてあげようと思ったのに。」
聞こえた、そんな言葉に、足が止まる。
「…俺んち、来るつもりだったの?」
その目を真っすぐに見て小首を傾げると
「そりゃあ、まぁ。久々ですから?」
って、俺を真似するように首を傾げておかしそうに笑った。
…あぁ、ヤバイ。めちゃくちゃ好きだ。
「…お前、全然寂しそうじゃなかったけどな」
ちょっと泣きそうになった顔を見られたくなくてまた足を進めると、それが全部わかってるみたいに知念の小さな笑い声が聞こえた
「まぁ、それなりに寂しかったけどね。」
「……それなりにって、お前…」
毒々しい言葉に笑って振り返るとたくさんの街頭の前、そのどれよりもキラキラ輝いた知念の笑顔が見えた。
「こんぐらいで寂しがってたら、これから先、りょーすけがハリウッドとか進出しちゃったとき、大変なことになっちゃうもん。」
「…なんだよ、それ。」
「本当だよ?何か月も帰ってこないとかさ、あり得るんだから。
生半可な気持ちで、スターの恋人はやってらんないんだよ。」
ふふって、最後に小さく笑った知念が歩き出す。
俺の、少し前。
ぼやけるその手を、もう一度つかもうとしたけど、やっぱり知念は振り払った。
だけど、代わりに。
少し慌てたように「あ、そういえば言い忘れてた」って振り返ると、にっこり笑った。
「りょーすけ、おかえり。」
「…うん、ただいま。知念」
満足げに頷いた知念は、変な鼻歌交じり、歩き出す。
その様子を見ているのだって、すごく幸せだと思ったけど、でも…。
「…タクシー、乗って帰ろっか」
「うん!」
歩いたら15分の距離。タクシーに乗ればきっと、5分もかからないだろう。
帰ったら。
家に着いたら、世界一の恋人のことを、ギュッと抱きしめよう。
二人きりの世界でちゃんと伝えよう。
「お前のことが、好きだよ」
って。それだけの事だけど。ちゃんと、伝えよう。
……いや、多分違うな。
俺の恋人は、きっと。
「俺、もっと頑張るから。ちゃんと見とけよ?」って。
きっと、そんな言葉の方が喜ぶはずだ。な?そうだろ?
タクシーを止める俺の少し後ろ。
そんなことを考えながら振り返ったら「ん?」って小首を傾げた姿。
「いや、なんでも。」って小さく笑うと。
やっぱり知念は、全部わかっちゃったみたいに、笑って。
「がんばれ」って。
そっと背中に手を当ててくれた。
……な?ほらやっぱ。
俺らって心通じてんだよ。すごくね?
って、この世界中……宇宙中の人に、自慢したくなったんだ。
…………まぁ。
俺の恋人は、なんて最高なんだろう。って、そんな思いで、伸ばした、左手。
背中に伸びた手をそっと捕まえようとすると、「え、しつこっ」って辛辣な言葉とともに、再び振り払われてしまった。その辛辣さは、どうにか、直して…………、
「ドキドキするからやめてよ。」
……直してくれる必要なんてない!!!
「ちねーん♡」って、デレデレと表情を緩めた俺に、クスリと笑った世界一の恋人は。
「ほら、さっさとタクシー捕まえて」って。
そっと、俺の左手の小指を掴んでくれたのだった。
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