BOOK:79 りある

□★小ネタ集
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「バレンタインの思い出」yt side

本編の「恋をはじめた日」アナザーストーリー的なものです

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コンコン

いつものように知念とふざけ合っていれば、楽屋のドアが鳴った。


「はーい!」

なんて大ちゃんの声を号令に開いたドア。
10周年を迎えているとはいえ、年齢的にもまだまだ若手な僕らにわざわざあいさつに来てくれるなんて誰だろう。

と、知念と首をかしげていれば、現れたのは

「おはようございます。」

「あ!大志〜!」
「おぉ、どうしたの?」

「近くのスタジオで撮影してたんですよ」

この前、知念と共演していた中川大志くん。
知念と大ちゃんはもともと仲良かったらしくて嬉しそうにそちらに行ってしまった。
ちぇ。知念取られちゃったよ。

つまんねーの。なんて思いながら楽屋を見渡せば。

…あ。
約一名。すごい顔になっている人を発見。

眉をひそめた後、怖いほどの真顔でそちらをジッと睨みつけている。
知念の方は気付いていないのか、慣れているのかその視線にも全く動じずに楽しそうに話し続けている。

やま…。それじゃ、二人の関係バレちゃうよ。

なんてその友人に苦笑したけれど。
少し経って思い直した。

「…いや、でもあの二人はずっとこうか。」

そんなつぶやきと共に思い出したのは。
ある寒い寒い日の朝のこと…。











「おはよー」

まだまだ余裕なはずの登校時間。
周りにポツポツとつぶやくけれど、なんだかみんないつもよりも色めきだっている気がする。

…なんだっけ。
と、黒板に書かれた日付を見て気が付いた。

「あ、バレンタインか。」

2月14日。大切な人に思いを伝える日。

男女交際が禁止のこの学校でも、もしかしたら秘めた思いを伝えておきたいって人たちがいるのかも。

…みんな大変だなぁ。
なんてボンヤリ考えて、驚いた。

俺の席にも少なくない数のチョコレートが。

「…うわぁ」

綺麗にラッピングされたものから、ただの駄菓子まで。
渡すなら直接くれたらいいのに。なんて思うけど、正直、嫌な気はしない。

「…はよ」

「おはよ…!見てー!知念…って、っえ!?やまちゃん!?」

当然のように知念だと思ってあげた頭。
そこに居たのは遅刻の常習犯であるやまちゃんだった。

苦笑いで「そんな驚くか?」と言った後、自分の机に乗せられた物を見て
「…すげぇな、これ」とポツリ。

その机にはたんまり盛られたチョコの山。
もしかして、これが楽しみではやく来ちゃったのか?

…いやいや、やまちゃんに限ってそれはないだろう。

「ほんと、スゴイよね。」

「うーん」

俺もやまちゃんの手元のチョコに視線を落としていたが、ちょっと視線をあげてみれば、すでにやまちゃんの視線は別のところに移されていた。

その先にあるのは、知念の席。

「…知念にも乗ってたの?」

「え?」

やけに切なそうな顔で問いかけられた質問の意味を理解するのが一瞬遅れたけど、
すぐに「あぁ」と返事する。

「いや。そんなことは。」

知念の机はいつも通り。

まぁ、多分、知念は俺らよりも話しかけやすいからみんな直接渡すんじゃないかな。
…なんてこと、その顔を見ていたら言えなかったけど。



「…あ。」

どうやらやまちゃんは俺の返事は聞いていなかったようで、何かに気づくと真っすぐその席へ。

知念の机の中。ポツンと置かれていた、綺麗にラッピングされた一つの包み。


それを手に伸ばそうとして、触れる直前、ためらうようにその手を止める。

「…本命、だよな」

「あー、そうだね。」

なんだか複雑な気持ちで頷いて。
その包みの渡し主を考える。

恐らく、いつも真っすぐ知念に視線をよせている、控えめだけど可愛らしいあの子だろうなって。

やまちゃんもそのことに気付いているようで、視線はその子の席に。

まだ出席していないのか、わざと不在にしているのか。
空いているその席を恐ろしいほどの真顔で見るやまちゃんに、なんて声をかければいいかわからず。

結局、なにも言えないで。
そっと、まだ終わっていない課題を取り出すのだった。




そのうち、席を見るのに飽きたのか自分の席に戻ったやまちゃん。
ガサゴソと自分のチョコレートの山を見ているようだ。

そんなざわめきに紛れるように現れた知念は、やっぱり両手に紙袋を持っていて。
その中には沢山のチョコレート。
やっぱり知念は直接渡されたんだな。

「おはよう」

「おはよ!見てー!沢山もらった!」

無邪気に笑うその姿に「すごいね」なんて返していたけれど、後ろからの、俺を貫通する勢いの視線が痛くて縮こまる。

「でもね、全部ギリチョコなの〜」

ほら、駄菓子ばっかー!なんて笑う知念は、まだ机の中、控えめにでも確かに存在するそのチョコレートに気づいていないのだろう。


…知念は、なんて返事するのかな。

興味としてのワクワクよりも、切なさの方が強いその想い。
しばらくは、たわいもない会話をしていたけれど、しばらくして、先生が入ってきて。

やっと知念が前を向く。

あぁ、そういえば今日は知念とやまちゃん、まだ話してない。
珍しいな、と思ったのは、前の席の知念が、ちょうどその包みの存在に気がついたのと同時だった。


その包みを見た後、クルッと後ろを向いた知念。
その視線は俺を通り越してやまちゃんを見ていた。


「ちねーん、どうした?」

先生の呼びかけに
「あ、なんでもない、です」
と知念が返せば、特にそのあとは滞りなく朝のホームルームは進んでいくのだった。



ホームルームが終わり、みんなが移動教室に立ち上がる中。まだ知念は手の中にその包みを持っている。

…なんて返すのかな。嬉しかったり、するのかな。やっぱり。嬉しいよな、きっと。

複雑な思いで見つめていれば、その影がパッと立ち上がり、まっすぐやまちゃんの元へ。

いつもなら完全に落ち着くまで放置の不機嫌オーラマックスのやまちゃんに、知念はやけに真剣な顔で言った
「やまちゃん、くれた?僕にチョコ」と。

その言葉に、やまちゃんは、やっぱり怖いぐらいの真顔で、突き刺さるような視線で知念を見て。

「は?なんで、俺がお前に渡さなきゃいけないんだよ」と返すのだった。

投げつけられた言葉。
知念は少し、ほんの少しだけ泣きそうな顔をした後で「えぇ、ちょうだいよ〜」なんて。確かそう言って、知念は気丈に笑っていたんだ…。





後で聞いた話だけど、渡されたチョコには名前が書いていなくて。
知念は叶うはずのないと思っていた想い人からのものなんじゃないかって、浮かれ上がったんだってさ。

その想い人が、いっそその名無しのチョコを捨ててしまおうかと思うぐらい焦っていた、なんてことは知らずにね。












「じゃあ、そろそろ俺。」

なんだかほろ苦いことを思い出していれば、聞こえたその声。

「撮影頑張れよ!」
「頑張って〜」

またね、ちーちゃん!と余計な一言を残して大志くんは去って言った。

最後の一言のせいで、やまの真顔はさらに怖くなったし、眉間のしわまで追加されたけれど。

笑って近づく知念に、少しずつその顔が和らいでいく。

あの時から知念とやまは両想いで、誰にも割り込めないほどの絆があった。

「…りょーすけ、詰めて。」
「…なんだよ、…ふ、狭いわ!」

一人がけソファに二人で座っちゃうところとかも、全く変わっていないけれど。

唯一、変わったことがあるとすれば。

「…今日、うちくる?」
「…涼介、遅くなるの?」
「…頑張って早く帰るから」
「…じゃあ、待ってる。」「ん」

お互いがお互いに気持ちを隠さなくなって、その気持ちに絶対的な信頼を持っていることなんじゃないかって思うんだ。


俺の方は。
やっぱり知念の親友としてずっと近くで見守ると決めたから。

二人の幸せのためならなんだってするつもりだ。

さて。まずは親友として。
今度、知念のことを大好きになってしまった彼ともご飯に行ってみようかな。

ドラムの魅力も知っているみたいだし。
きっと誰よりも共感できる話、できるだろうから、ね。
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