BOOK:79 りある
□❁ある女子の考察❁
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ある女子の考察@
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恋に落ちる瞬間は簡単だ。
例えば、プリントを回すとき、こっちを向いて「はーい」って一言くれた、とか。
廊下で会った時に可愛い笑顔で「おはよう」をくれた、とか。
そんな些細なことがきっかけで、私はかれこれ2年、片思いを続けている。
叶うことのない、片思いを。
「あ、おはよう」
今日も、その声に反応してしまう。
男の子にしてはちょっと高めの声。それでも通る、意志の強そうな、まっすぐな声。
「知念、おはよう」
その度にまた聞く声。
こちらはやけに甘くて、優しい声だ。
多分、クシャって頭を撫でて。
まるで二人しか世界にいないような雰囲気を醸し出しているんだろう。
チラリと視線を寄せれば、やっぱり思った通りの光景が広がっていて、口を紡ぐ。
あーあ。二人は‘特別’なんだって。
うちの学校はちょっと特殊で。
人気モデルや有名な元子役、歌舞伎界の大物、そして今をときめくスーパーアイドルが通っていたりする。
私みたいな地味なやつはすぐに埋もれてしまうほど、周りはキラキラ輝いている。
「あれ?山ちゃん痩せた?」
「あ、わかる?」
ちょっと絞ったんだー、なんて能天気な声。
その後に続くであろう声に、耳をすませる。
「えぇー、プニプニが良かったのにぃ」
あぁ、ダメだ。やっぱりめちゃくちゃ可愛い…。
再びチラリ。視線を寄せればそこには、どこからどう見てもいちゃつくカップル。
私の想い人は真っ直ぐに目の前の男を見ている。
そんな特殊な学校の中でも、2人は特に目立つ存在だった。
今をときめくアイドルグループのエースと、その相棒で抜群の運動神経を誇る天才。
そして2人は大の仲良しで、ふとした瞬間、2人だけの世界になっていたり、2人しかわからないような特別な何かが流れている気がする。
…いいなぁ、なんて。
そのエースの方を羨ましがってみたり。
私だって彼のことをあんな風にまっすぐに見て、自分のためだけの満面の笑みを受けてみたい。
もっとも、高校は男女交際禁止だし、禁止じゃなかったとしても私みたいなのが彼に相手にされるわけないってわかってるけど…。
彼の一番近くにいる男が羨ましい。
そんなことを考えていれば、どうやら視線が強くなっていたようだ。それに気づいた男がチラッとこちらを向く。
訝しげな顔をしたのは一瞬。
「山ちゃん?」という彼の優しい声にその頬は簡単に緩むのだった。
「…次、移動だよ」
それからしばらく。パッと顔をあげると、私の想い人が少し眉をひそめて横に立っていた。
「え?あ、本当だ。ありがとう」
なんだかボーッと考えてしまっていたようで、言われなかったらチャイムがなっても気づかなかったかもしれない。
一番仲良くしている女友達が仕事のために不在で、1人で過ごしていたから。
急いで用意をしていると、彼がポツリと言葉をくれた。
「寂しいね。今日は」
なんて、たった一言だけど。
私が彼女と仲良くしていることはきっとみんなが知っているけど、無邪気に、真っ直ぐにそんなことを言ってくれるのはきっとどこを探してもきっと彼だけ。
心配してくれて嬉しいと思う一方、誰にでも優しい彼に“期待持たせないでよ”なんて思ってしまう私は、臆病で独りよがりで、自分勝手だ。
「ちょっとだけ」
苦笑いを返すと、彼はにっこり笑ってくれた。
既に薄暗い教室。
本当にみんな特に声をかけてくれることなく移動してしまったんだな、と少し驚くけど、そのおかげでこうやって隣を歩けてるならラッキーだ。
束の間の隣。
「今度のテスト範囲ってさぁ…」
たわいもない会話だけでも心がフワフワと、どこか落ち着かない。
自分はいつもどんな風に友達と話してたっけ?なんてことを大真面目に考えてみる。
「…撮影、しばらく続いちゃうね」
なんでもない会話を続けていたのが、唐突にポツリと彼がつぶやく。
一瞬、なんのことかと思ったけれど、私の親友のことだと気づく。
「…うん。」
そっか。しばらくはこういう毎日だ。
ほんの少し心細いな、とふわふわだった心がちょっとだけ重くなる。
そんな私に、彼は
「僕もいるし、みんないるからね」
と笑った。
驚いて、嬉しくて、思わず立ち止まると
「ん?」って首を傾げられてしまう。
なんの気もない、いちクラスメイトとしての言葉だとはわかっているけど。
それでも、自分で気づいていた以上に不安に揺れていた私の心にその言葉はスゥーっと溶け込むのだった。
やっぱり私は、彼が好きだ。
誰かが悩んでいたり、落ち込んでいるとき。
いつも自然と近くに寄り添ってくれる。
人の変化に敏感で、繊細で、優しい人。
なのに自分は疲れとか、苛立ちとか落ち込みとか。
そういうのを全く見せない強い人。
雰囲気が悪い方向に変わりそうなときに、わざとおどけてみせたり、時にはわざと気づかないふりしたり。
私の女友達なんかは“可愛すぎて恋愛対象じゃないよ”なんて言っていたけど、彼は十分、男らしいし誰よりもカッコいい。
そのことに、なんでみんな気づかないんだろう。なんて思う一方、皆が気づかないままで構わない。とも思う。
皆が気づかなかったところで、きっと彼が私に振り向くことはないんだろうけど。
それでも、その魅力に気づくのは…、ライバルは、できるだけ少ないほうがいい。
まぁ、既に。
ものすごく強力なライバルがいるけど。
なんてことを考えれば、思っていた声が聞こえてきた。
「…知念!」
驚いて前を見ると、慌てたようにこちらに駆けてくるその姿。
「どこ行ってたんだよ。心配するだろ」
私のことは完全に見えていないらしく、彼の隣は簡単に奪われてしまった。
なんだか笑ってしまうぐらい自然に。
「あれ?山ちゃん、どうしたの?」
「いやお前が…」
と、やっとその男が私を視界にとらえたようだ。
私と彼を交互に見て、少し考え込んだ後、何を思ったのかやけに元気をなくした様子で「…一緒に来たの?」と、彼の顔を覗き込んでいる。
「うん。」
なんでもないように頷く彼は
「遅れちゃうよ」と、私たちに声をかけて先を急ぐ。
…私も、とそのあとを追おうとして、一瞬、共に残された男に視線を寄せれば
「ひぃ!」
ギロリと私を睨むその顔が。
綺麗な顔だけに迫力が凄すぎて思わず顔を引きつらせてしまった。
「……な、なに…?」
なにも言わないのも、と、そう言って声をかけると「……いや、別に」と一言。
いやいや、別にって顔じゃなかったでしょ、絶対。
だけど追求する勇気はなくて。
それに、前を歩く彼が
「ねぇ、2人とも!なにしてんの、早く行かなきゃ!」
なんて呼びかけるから。私もその方向へ歩き出す。
一方、男は、というと。
「わぁ、山ちゃんどうしたの!?」
しばらくその場に立っていたようだけど、私の横をすり抜けて、やけに早足で彼の手首を持ってスタスタと歩いていくのだった。
……あれは。
恋人、では、ないんだよね?きっと、まだ。
だけど…。
さも当たり前のように隣を歩く二人のことを見ていると、どう考えても特別な関係だ。
それは、私も誰かと幸せになりたいな、なんてことを思わせるほど。
…もちろん。
彼とそうなれたら嬉しかったけど。
それはきっと…。
「ね、やまちゃん、やまちゃん」
きっと…無理、なのかな?
って、彼の幸せそうな顔を見てると思うから。
「ん?どうした?」
男の優しい声に、ほころんだ彼の顔。
それがあまりにキラキラ輝いて居て。
やっぱりちょっと羨ましい。
今は、まだ少し胸が痛むけど。
でも、いつか必ず、私の中で区切りはつけるよ。
だから、それまでもう少し、この気持ちを大切にさせてほしい。
嬉しいことに、あんなに彼とラブラブな男にも、少しはライバル視されてるみたいだし。
…やっぱり何事にもライバルは必要だと思うから、ね。
私をそのライバル候補にしといてもらおう。
親友が居ない寂しい何日間を“ライバル”として過ごすのも悪くないのかも。
…………❁