BOOK:79 りある

□☆月影の二人
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「知念、知念」


「んー?」


わざわざベランダからひょっこり顔だけ出した涼介の声が聞こえて、苦笑しながらもそちらに視線を寄せた。


「はやくー、こっち来いって」


繰り返されるこの言葉。


最初は「知念も行こうよ」と手を引いていたけれど。今やってるゲームがいいところだったので「んー」と曖昧に返事をしていたら、諦めたのか一人、ベランダに向かったのが数分前。


しばらくは大人しくしていたようだけど。


寒いから自然とこっち帰ってくるかなぁ、なんて思いは甘かったようだ。


思いっきり何度も手招きをする涼介に、しょうがなく重い腰を上げた。


自分がゲームやってるときは僕に構わないくせに。勝手だなぁ。


そんなことを思うんだけど。

嬉しそうな笑顔を見ていたら、まぁいっかって思ってしまうんだから不思議だ。


「もう始まってるの?」


涼介に毛布で包まれながら空を見上げる。


今日は日本全国で皆既月食が見られるという。しかも、それが150
年に一度とかの、とにかくなんだかすごく珍しいものらしく、涼介はドラマの撮影現場から帰ってくるなり、大好きなゲームもそこそこに、こうしてベランダで空を見上げている。


150年に一度に立ち会えるってすごくね?なんて目をキラキラ輝かせてね。


「うーん、ちょっとだけ、かな」


歯切れの悪い涼介が表す通り、正直、今の時点ではよくわからない。


「もー。だったら部屋入ってようよ」


こうやってくっついていられるのは嬉しいけど、連続ドラマの主演として忙しくしているその身が心配で、立ち上がろうとする。

しかし、いつのまにか回って居た腕がそれを許さない。


毛布の中、ぎゅっと強くなった腕。


「くっ付いてたら寒くないって」


…そもそも部屋の中だったら寒くないのに。

なんて。そんなこと言ったら、涼介はむくれるだろうから言わないけど。


わかってるよ。涼介も、ただ、こうやってゆっくりする時間が欲しかったんでしょ?

最近はお互いが単独の仕事も増えちゃって。グループの仕事なのに涼介だけいないこともあって。


寂しいんでしょ。

いいよ。仕方ないから付き合ってあげる。


…なんて。本当は僕がこうしていたいだけかもね。


「…なんかあったかいもの持ってこようか?」


とはいえ。

やっぱり風邪をひいちゃうんじゃないかって心配で、声をかけてみたけど「んーん。いらなーい」と一言。


その代わり、というように肩に乗ってきた頭。


疲れてる?

でもきっと充実してるんでしょ。

目がキラキラしてるからわかるよ。

無理はしないでよ。涼介はいつも頑張りすぎだから。


「ちねん」

「なぁに?」


一つの毛布の中、肩に乗る頭に僕も頭を乗せた。


「…この前、行けなくてごめんな」


「ふふふ。もうわかったよ」


最近の口癖みたいなその言葉。

メンバーみんなで僕の初単独主演映画の試写をしたとき、涼介だけはどうしてもスケジュールが合わなくて。

その日、僕の家に帰ってきた涼介は「今日いけなくてごめんな」って何度も言ったんだ。


そんなの涼介のせいじゃないから仕方ないのにね。


「んーん。ごめん。知念の、はじめての単独主演だったのに。一番俺が見るんだったのに…」


どこか舌ったらず。

密着した体は暖かい。


もしかしたら眠たいのかもしれないな。

だったら早く部屋に戻らなくっちゃって思うけど、この時間がなんだか癒されちゃって。


もうちょっとここにいよう。

そんなことを考えていた。


「いいよ。なんかみんなすごい褒めてくれちゃって照れくさかったし」


本当に。

みんなが今までにないほど褒めてくれちゃって。


きっと、そこに涼介がいたらもっと照れちゃって、僕自身が映画どころじゃなかったや。


…だけど。

大切な作品を、大好きなメンバーに囲まれて見られたこと、幸せだったのに。

何度も、涼介だったらなんて言うかなって考えちゃった僕は贅沢ものだね。


でも、聞きたかったな、ちょっと。

たくさんの作品を見てきた涼介があの物語をどう思うのかって。


「…ねぇ知念」


独特の甘い声にスリスリ頬を寄せてみた。


「ん?」


「どんなお話なの?」


聞かせてって優しい声に、やっぱり涼介は僕の気持ちがわかるのかなって、ちょっと思ってしまった。

知ってほしいかったから、涼介にも。


「うーんと、ね。」


思い出させる映画の場面。

そして撮影現場。


涼介に、メンバーに、

背中を押してもらって入った現場。


最初は不安だったけど、本当に人に恵まれて。出来上がった作品は大切なものになったんだ。


たくさん取材を受ける中で、あらすじとか言えるようになったんだけど…。


胸を張って最高の作品だって言えるから。

だからこそ、やっぱり僕の言葉で、じゃなくて、ちゃんと見に行って感じてほしい。


「…やっぱり言わない」


「なんだよー」


クスクス笑う涼介に「でもね」と、視線を寄せる。

「ひとつだけ教えてあげるよ」


ん?って首を傾げた涼介に寄せた唇。

下からすくうように口付けて、ニッコリ笑った。


「こんなシーンが、あります」


「…それは、それは……」


目をまん丸に開く涼介がおかしくって、もう一度、今度はしっかり口付けて。


向かい合わせになり、おでこだけくっつけた状態で少しだけ唇を離すとやたら真剣な顔した涼介から


「…見るときは、覚悟決めなきゃな……」


ポツリ、落とされた言葉に思わず吹き出した。


「大袈裟だよ」

「…いや、結構深刻だ」


そう言って笑いあって。

どちらからともなく、しっかりとそれを重ね合わせたのだった。



いつの間にやら、皆既月食は始まっていて。

だけど僕らはそんなことには全く気付かなかったんだ。



…それから次の日も涼介は

「…見れなくてごめんな」って言うのだった。


だけどね、涼介。

あの時にもたしかに涼介にいてほしいって思ったけどさ、また今度…。いつか、見てくれたらそれでいいんだ。


…というよりも。

涼介が見たいって思ってくれるだけでも僕はお腹いっぱいだよ。


だから涼介はドラマ頑張って。


暖かい温度になんだかフワフワしてしまって。どこまで言葉に出来たかわからないけれど、きっと僕らなら言葉がなかったとしても伝わったはずだから。



「じゃあ、行ってきます」


「いってらっしゃい」



撮影現場に向かう後ろ姿にそっと想いを重ねるのだった。


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