BOOK:79 ぱろでぃ

□A只今、天使研修中 番外編集
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「……はい、はい。あー、そうですねぇ…」

タイミング悪くかかってきた電話。
そろそろ知念がこっちに戻ってくる予定だから、ちゃんと待っていたかったのに。

あ、いや、違う。誤解はしないでほしい。
別に予定を事細かに把握して、ストーカーみたいなことをしているわけじゃあなくて、たまたま!ゆーてぃーに聞いたんだ。
「あれー?知念、一回戻るって言ってたんだけどなぁー」って言ってんのをさ。

……いや、ちょっとだけ嘘だ。本当は聞き出した。
何時にどこに戻ってくる予定なのかを。

だってさぁー。いやね、先月は良かったよ。
知念と運命的な出会いを果たした4月。
俺は知念の研修担当になって。

知念が隣の席なのは研修中の1ヶ月って聞いたから外回りはズラせる限り5月以降に。
研修と言う名の2人きりで話す機会を増やすために、就活の時ぐらい…いや、それ以上に会社の理念とか方針とか、歴史とかを調べ、社歌まで覚えた。
社内で知念は俺のものだと誇示するために今までは参加しなかった飲み会にも積極的に参加して常にその隣をキープして。
それから、ちょっとしたデート気分を味わうべく、この辺の店を徹底的に調べてランチに誘いまくり、社内を案内するために、このビルの設備にも、おそらく我が社で一番詳しくなった。

その甲斐あってか、なんだかんだ知念は俺に懐いてくれたし、なんとゴールデンウイークも殆どの日を一緒に過ごしてくれた。

……しかし、ゴールデンウィークが明けて、席が離れると事態は一変。
知念は色んなところに駆り出されるし。
俺も4月のツケが回ってきたように外出だらけ。

たまに、その姿を見つけても、誰かに捕まっているところで、結局、会釈するぐらいで終わってしまう。

…いや、俺は会いたいんだって!声を聞きたいんだって!!!

そんな思いが湧き出て、電話先の相手に意味もなく苛立ちをぶつけそうになった瞬間。

「……よし」

聞こえたような気がした小さな声。
驚いて後ろを向くと、思い焦がれていたその姿。

今すぐ駆け寄りたいのに、知念はヒラヒラ手を振って何やら口をパクパク。
クルリと踵を返すと、そそくさと歩き出してしまった。

いや!!待ってよ!!!

「あ、すいません、ちょっと呼び出しが…」
もはや、意味のなくなっていた会話を無理矢理終わらせると、急いで電話を切って、知念の消えた方向へ足早に。

キョロキョロ探しながら歩いていれば、やっと見つけたその姿。……が。

「……あの、知念さん。」

何やら女子社員が話しかけている。しかもやたら至近距離。
……俺が話せてないのに、なんで……。

モクモクと湧き上がる黒い感情。
その場に立ち尽くしていると、知念の「うん」ってカワイイ声が聞こえて。その女子社員もなんだか嬉しそうに笑っているもんだから、ついに、耐えられなくなって歩き出した。

一体どんな顔をしていたのだろうか。
俺に気づいたらしいその社員は一気に顔色を変えると「じゃ、私はこれで!」と、半ば逃げるようにその場から去った。

……逃げるぐらいなら最初から近づくなっつうの。

苛立ちをなんとか抑えて、できる限り、優しい声を心がけて口を開いた。

「知念」

そんな言葉に、クルリと振り返ったその目が驚いたように見開かれていて。
どうにも溢れそうな思いを堪えられそうにないけれど。

「おつかれ」大股で近づいて、その頭を撫でてやる。
この思いが、この手を通じて届けばいいのに。そんなオカルトチックなことまで考えながら。

まだ驚いた顔で「おつかれ……電話良かったの?」って言うから。
もしかしたら知念は、俺の電話を終わるのをちょっとは待ってくれてたのだろうか?
……だったら、嬉しすぎる。

「いーのいーの……つーか、
もっと早く声かけてくれたら良かったのに」

抱きしめたいけど、そんなことしたら、きっとセクハラだから。
「えー、そんなんできないよー」って笑う知念に、叫んでしまいたいほどの思いを堪えて、笑った。

「…うん、そっか」

出会って1ヶ月。
たった1ヶ月だけど、もうこんなに思いは膨らんで、好きでたまらなくって。
だけど、一緒にいると心は穏やかになる。

こんな気持ち、知念が初めてなんだよ。

……あぁ、ダメだ。このままだと引き寄せて抱きしめてしまう。いよいよセクハラだ。コンプライアンス案件になっちゃう。

理性を総動員させて、なんとか目をそらすと、それを見計らったみたいに「あ、僕そろそろ行かなくちゃ」って言われて。
次に見えたのは、物を言う間も無く、慌てたように「バイバイ」って手を振る姿。
「あ、ちょっと待って」思わず掴んだ手。



「……ん?」驚いたように振り返った知念は、
「……どうしたの?」って、笑うけど。

……俺だって、なんでこんなことしたのかわかんないんだよ……。

………いや、多分、本能的に手を掴んだんだ。
あとちょっとだけ、少しだけでもいいから、一緒にいたくて。

だけどそんなこと、まだ言うべきじゃないよな。
きっと、順番が違う。

まず好きって伝えて……。いやいや、今それはダメだろ。
仕事中だぞ、一応。
「…あ、いや……」
なんて言えばいいのかわからなくって。
だけど、何も言わないなんてもったいなくて。
「……今日の夜は、暇?」
とりあえず、ひねり出した言葉。

それに「…あ、うん、暇だけど……」って笑顔が返ってきたから、ホッとして笑った。

「よかった。じゃあ、ご飯いこっか」

そんな言葉に、知念は少しだけ泣きそうな顔の後で、可愛い笑顔をくれた。

「うん!」

……ねぇ、知念。
君がたまにする、泣きそうな顔。

それにどんな意味があるのか、何を思っているのか、俺はわからないんだけど。
その後で必ず、可愛い笑顔をくれるから、きっとマイナスなものじゃないって、そう思ってもいいかな?

これから先、もし、機会があったら教えてよ。
照れ屋で天邪鬼な君だから、聞いても教えてくれないかもしれないけど。
そしたら、とりあえず、それがわかるまでは隣にいさせて。

さて、まずは。
溜まりに溜まった仕事をさっさと片付けてしまおう。
束の間の、知念との時間を少しでも長くするために。


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cn side

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「……あ!」

大好きな後ろ姿に、声をかけようとしたけど、電話していることに気づいて慌てて止めた。

……電話はどのくらいかかるだろう。
このあと僕はミーティングが入っているから、あんまりゆっくりしてられないけど……。
せっかく会えたからちょっとぐらい話したい。

4月にプロジェクトのために涼介と大貴のいる会社に入って、早1ヶ月。

1ヶ月間と期限を設けられ、僕が会社に慣れるための研修担当……というか、トレーナー的な立ち位置だった涼介は、本当に丁寧に会社のことを教えてくれて。
……僕のこと、本当は覚えてる?って思っちゃうぐらい、ずっと優しいもんだから、なんだか、あの時のように接してしまっている気がする。

楽しかったゴールデンウィークはその最たる例だ。まさか、僕のためにあんなに沢山の時間を割いてくれるとは思わなかった。
4人でも旅行に行ったし、2人で遊園地にも行ってくれた。それから、お家でまったりもした。

そんな幸せだったゴールデンウイークが明けると、僕の研修期間は終わってしまって、隣だった席は、遠く離れてしまった。
それにね、涼介は、結構外回りみたいなことが多いみたいで、あんまり会社にいないし、僕も僕で、色んなところでシステムの説明だったりをしなきゃいけなくて、時間が決められて動くことが多い。

こうやってせっかく涼介を見つけても、ただ見ているだけで終わることもしばしば。目があってニコッてしてくれたらいい方で。

……まぁ、それでも今の僕には一緒の世界に居られるだけで幸せだから。

視線の先の涼介はまだまだ電話に時間がかかりそう。
……仕方ない。仕事に戻るか。

「……よし」

小さく気合を入れると、後ろを向いていた涼介が不意にこちらを向いて“っあ”って顔に。
邪魔しちゃ悪いなって、ヒラヒラ手を振ると「お疲れ様」って口パク、クルリと後ろを向いて会議室へ歩き出した。

気づいてくれたから、今日は幸せだ。
そりゃあ、ちょっとでも喋れたらいいなって思ってたけどね。
そこまでの欲張りはしませんよ。なんせ僕は、元天使候補ですからね。

ふふふって笑うと、ちょうど会議室から出てきた社員さんとバッタリ。
「あ、知念さん」
「あ、こんにちは」
……名前は…なんだっかなって思いながら笑うと
「なんで笑ってたんですか??」って楽しそうに尋ねられた。

……あ、この子あれだ。
大貴のこと好きだってこの前教えてくれた子。
あれ?違ったかな?ゆーてぃーって言ってたっけ?

「うんん、思い出し笑い」

とにかく、確か年下だったと思ってそうやって答えると、その子は、少しだけ深刻そうな顔に変わる。
「……あの、知念さん。また、相談乗ってもらっていいですか?……有岡さんのことで」

……あぁ、やっぱ大貴の方か!
やったら頻繁に開かれる飲み会で、なぜか僕に大貴との恋路を相談してくる子だ、そうだそうだ。
思い出して「うん」って笑うと、その子はホッとしたように笑った後で、なぜか急に顔色を変えて「じゃ、私はこれで!」と、足早にその場を去るのだった。

……どうしたんだろう。

と、思っていれば。
「知念」って大好きな声が聞こえて。

まさか!って思いながら振り向くと、その“まさか”がそこに居た。

「おつかれ」

スタスタと僕の元へ、頭をポンっと撫でてくれた涼介に、こっちも「おつかれ」って返した後「電話良かったの?」って聞けば「いーのいーの」って笑顔が返ってきて。

たまたまかもしれないけど、こうやって僕に声をかけてくれたことが嬉しい。
その笑顔が好きで、大好きで、近づきたくなる。
ギュって抱きつきたいけど、そんなこと会社でしたら、ただの変態だ。

「……つーか、もっと早く声かけてくれたら良かったのに」
グルグルいろんなことを考える僕の頭に手を乗せたまま、そう言われて「えー、そんなんできないよー」って笑って返すと、目を細めて「…うん、そっか」って優しく笑われた。

……天使研修をしていた時から、そうなんだけど。
たまに涼介は、こうやって僕の頭を撫でながら、やったら優しく笑う。

その理由はわからないんだけど、いつもそういう時は、決まってその後で目をそらすんだ。ほら、今も。

「……あ、僕そろそろ行かなくちゃ」
その理由を聞いてみたいと思ったけど、もう時間が迫ってるから急いで「バイバイ」って手を振って歩き出そうとすると。
「あ、ちょっと待って」って、急に手を引かれた。

「……ん?」
驚いて振り返ると、なぜか涼介も驚いたような顔。
「……どうしたの?」って、笑って言えば「…あ、いや……」って目を左右に揺らして。
その後で、今度は真っ直ぐに僕の方を見た。

「……今日の夜は、暇?」「…あ、うん」

「暇だけど……」って返すと「よかった」って、眉を下げる。
ただ、それだけの表情に、胸がギュッて苦しくなる。

「…じゃあ、ご飯いこっか」

そんな優しい声に、胸がキューって音を立てて縮まるみたいだ。

大好き、大好きだよ、涼介。
叫びたいぐらいの気持ちの代わりに、満面の笑みで「うん!」って頷いた。

……多分ね、今の僕にはこれが精一杯。

もう少し先、涼介も僕のことを好きになってくれたら。
このあふれんばかりの思いをぶつけられたらいいな。

それまでは、もうしばらく、こうして秘めた思いを膨らませていよう。


よし、そしたら、まずは仕事を早く片付けよう。
涼介との時間、なーんの、気兼ねなく楽しむために、できる限りは明日の分までね。
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